カテゴリー「CD」の44件の記事

2009.02.15

昔昔亭桃太郎名演集(1)

昔昔亭桃太郎=ポニーキャニオン 「不動坊」「お見立て」
ポイントが溜まっていたのでそれで購入した。このCD、売れているらしい。私は、桃太郎も好きです。しかし、このCDは如何なものかと思う。収録されているのは、古典落語の演目だが、演っていることは「結婚相談所」とか「金満家族」とか「受験家族」と同じことだ。昇太や喬太郎などが演っているデフォルメとは全く違う。古典落語の筋の間に、御馴染みの桃太郎の駄洒落をダラダラと喋っているだけだ。これだと、自分の新作ネタが尽きたので、ただ古典落語の筋だけを拝借しているかのようだ。このCDのプロデューサーとか、取り巻きにおだてられているのではなかろうか?先日、浅草演芸ホールで演った「弥次郎」をTVで観たが、ヨレヨレの状態だった。もう少し、桃太郎の独自性を発揮した古典落語を演じて欲しい。

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2009.02.11

にっかん飛切落語会(五)

古今亭志ん朝=ANY 「錦の袈裟」「へっつい幽霊」「試し酒」
お目当ての志ん朝から聴く。ここに収録されている演目は、現在市販されているCDにもDVDにも収録されていない。そういう意味では、ファンにとって嬉しい限り。
しかし、なんといっても印象に残ったのは、「試し酒」。これは、芸の善し悪しというよりも、そのマクラが、ある意味で哀しいのだ。まず冒頭で昇太に触れ、“私にもあのような時代があったが、今はもうその元気がない”と語り、そして、こん平の酒の飲み方がいかに乱暴かを語っているのだが、こん平が同じ芝居だとぞっとするという。そして、これまでもこん平は、梅橋と小圓遊の二人の噺家を殺したという。そして、今度は自分が狙われているというのだ。勿論、これは一番の飲み仲間であるこん平のことだからそう遠慮なく言っているのだが、今となっては、ある部分それが事実となっているのだから、このCDを現在聴く私達は、涙なくして聴く事はできない。
また。この高座に聴く志ん朝の声は、あの華やかで艶やかな声ではない。そして、時々、言葉が不明瞭な所もある。そのこともさらに哀しみを増す。
しかしながら、そういうところも窺い知れるこの頃の高座を収録した音源がもっと市販されて欲しいと思うのだが、あるいは、その華やかな志ん朝のイメージを壊さないという意図から、その販売が控えられているのかもしれないとも、邪推したりもするのだが。

錦の袈裟=昭和53年5月25日
へっつい幽霊=昭和60年6月18日
試し酒=平成11年1月25日

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2008.11.09

NHK落語名人選46

春風亭柳朝=ユニバーサル 「つき馬」「佃祭」
柳朝の「つき馬」を聴いてみたら、他と若干変わっているところがあったので、忘れないうちに書いておこう。柳朝のは、牛の若い衆と、馬の若い衆が別の人になるんですね。それと、小せんの速記にあったビールが、柳朝のものにも出てきました。オモチャの行き先表示器もちゃんと出てきたので、あるいは柳朝のものが一番小せんに忠実なのかしら(しかし、小せんのものは牛と馬は同じだけども…)。
ただ、私なんぞは、柳朝の良さがまだ判りません。ちょっと、淡白に感じるんですよね。

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2008.11.03

古今亭志ん朝15

古今亭志ん朝=ソニー 「付き馬」「三年目」
ここ二週間程、この「付き馬」を聴きながら床に入ったのだが、いつも大門を出る所で寝入ってしまう。それというのも、志ん朝の声がリズムが本当に心地良いのだ。マクラから始まって、冒頭、店の若い衆が客に登楼を勧めるところなんざ、まさにコロラトゥーラです。どこかで、志の輔が志ん朝の落語は気持ちいいのだ、と言っていたが、その点、大いに同感です。そして、榎本滋民氏が『志ん朝落語』で言及している、客が階段を上る時に発する若い衆の“お上ァんなるよう!”という言葉の面喰った上ずり方がこのうえなく可笑しい。このようにして、結果、何日も同じ所を繰り返し聴く羽目に陥ったのだが、それが全く苦にならない。何度聴いても楽しい、何度でも聴きたい。しかし、そうしていては、サゲまでは辿り着かないので、幸い、ソニーの落語CDには、インデックスが付いているから、それを利用して、ようやく最後まで聴き終えることができた。まぁ、全編、志ん朝の歌なんだけど、これも榎本氏が仰っているが、湯豆腐屋で酒を飲んだときの、まさに酒飲みには堪らないセリフを初めとして、絶妙のセリフが満載。いつか、志ん五の「付き馬」のところで、志ん朝の「付き馬」を洒脱だと書いたけれど、確かに洒脱だけれど、それだけじゃないんですね(今迄、何を聴いていたのだろう…)。
榎本氏によると、志ん朝のものは、基本的に志ん生のものを踏襲していて、その志ん生と圓生は、初代の柳家小せんを継承しているという。そこで、『名人名演落語全集(第四巻)』で、その小せんの「付き馬」を読んでみたが、なるほど、今の型と殆ど同じだ。客が登楼して、台の物などを頼む時、ビールも注文するのが面白い。してみると雲助が、“神谷バー”の名前を自身の高座で出していたが、まんざら雲助の趣味とばかり言い切れないかもしれない。ありそうな話ではある。また、浅草のおもちゃ屋の、クルクルと回して行き先を表示するのが最後に“おしまい”となるオモチャは、雲助も演っていた。
ところで、志ん朝がマクラで言っている、“艶やかなお二人”というのは誰だろう? 1977年6月22日、三百人劇場での会で、志ん朝の高座の前に上がったのは誰だろうか? 知りたいものだ。

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2008.05.31

野口雨情・西條八十の世界

近藤志げる=オーマガトキ
寄席(といっても、新宿末広亭が殆どだが)で時折に聴く近藤志げるの唄はなんともいえない魅力があって、涙を誘われる。その志げるがCDを出したというので、早くから聴きたいと思っていたが、ようやく聴くことができた。実は、ネット上で部分的に視聴したことがあるのだが、なんとなく物足らないものを感じていた。そして、CD全体を聴いてみて、その感を益々強くした。寄席で聴く志げるの唄にはルサンチマンがあり、パフォーマンスには毒気があるのだが、このCDに聴く唄は、すっかり漂白されてしまっている。声も生硬で、妙に歯切れがよくって、突き抜けた声。CDを出した喜びだけが出ているような感じだ。
また、パフォーマンスにしても、寄席でよく聴くのは、「シャボン玉」の“屋根まで飛んだ”という歌詞に対して、客席の少年が“おじちゃん、この唄は台風の歌かい?”と訊いたというものがあるのだが、このCDでは、「七つの子」の“かわいい七つの子”という歌詞に対して、やはり客席の少年が“おじちゃん、カラスは七羽も雛を産まないよ”と指摘した、ということになっている。同じような状況なのだが、寄席では、この少年を毒づいている。しかし、CDでは、少年に対してなんとも温和な志げるなのだ。
寄席での、“森繁久彌が今日、午後5時30分にに皆に見守られながら、…夕食を食べた”という冒頭のツカミ、客席へのやや高圧的な態度、叙情性とルサンチマンとがタップリの唄は、本当に魅力的なのだが。
近藤志げるは新宿末広亭に限る、というところか。

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2008.05.11

十代目金原亭馬生十八番名演集(続)

金原亭馬生=コロムビア
先に出た十枚組みの続編。全七枚で、BOXセットも販売されているが、今回は特典盤も無いので単品を七枚一度に購入。BOXセットだと解説が一冊にまとまっており、一枚のCDのケースに収められているのは、ペラのジャケットの表紙だけなので、ケースを開閉するときにこのペラがケースからはみ出たりして、煩わしいということもあり単品で買った次第。演目的には、今回のシリーズは、既に所有している演目も少なからずあるのだけれど、前シリーズのところで切望していた「そば清」も今シリーズで収録されており、もうこの際、全巻購入して全巻統一ジャケットで揃えました。
まだ全部を聴いてはいないけれど、「あくび指南」、これは最高ですね。「あくび指南」は、保田さんの解説によると、前シリーズの五巻と今シリーズの十二巻、そして、『ビバ!江戸』シリーズに収録されているとのことで、早速、聴き比べてみたのだが、今回のシリーズに収められたこの「あくび指南」が、時間的にも一番長く、マクラもタップリ語られている。志ん生から聞いた名人橘家圓喬の話、耳かき、猫の蚤取り、釣指南所。ちなみに、前シリーズのものは、時間的にも一番短く、そのせいか、マクラも釣指南所のみ。『ビバ!江戸』のものは、耳かき、猫の蚤取り。本題は、前シリーズのものが、湯屋での欠伸が無かったが、内容的にはほぼ同じ。ほぼ同じだが、微妙に違う所もあり、それを聴く楽しみもある。例えば、『ビバ!江戸』では、舟を舫っている場所が首尾の松(この言葉も、『江戸吉原図聚』を読んだお陰で直ぐに判るのだが)と言及されている。そして、今シリーズでは、あくび指南所へ行くから付き合えよと誘われた源さんが、くだらないことに付き合えないと言うと、誘った熊さんが、世の中はくだらないことばかりなんだと言う箇所があるのだが、“くだらないことを一生懸命演るのが落語だよ”と師匠が言っていたという雲助の言葉を思い出す。また、前シリーズでは、最後に待ちくたびれた源さんは、“教える方も教える方だが、教わる方も教わる方だ”と言っている。他の二種では、“銭を取って教える方は仕様が無いけれども、あんなもの金を出して教わっている”と言っている。
このように、三種微妙に違うのだが、噺の面白さはどれをとってもいずれも遜色は無い。しかし、ここはやはり時間的にもたっぷりと演じられていて、マクラも堪能できる今シリーズの「あくび指南」を十撰に挙げておこう。とにかく、落語の面白さを凝縮した一枚と言えよう。だって、欠伸が本当にポアっと出るんですよね、このCDを聴くと。
白酒が、「あくび指南」を演った時に、志ん朝から、“お前の師匠に教わったんだろう。うちの兄貴もそういう風に演っていたよ”と嬉しそうに笑いながら言っていた、ということを想い出話として述べている。そんな話を聞くと、なんだか嬉しくって可笑しくって哀しくって涙が出そうです。

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2008.04.13

昭和戦前面白落語全集(東京篇15)

古今亭志ん生=エニー 「亭主関白」他
このCDのタイトルを図書館の新着案内に見つけた時には、欣喜雀躍、拳を硬く握り締め何度もガッツポーズを繰り返した。到底、聴くことはできないだろうと諦めていただけに喜びもひとしおと言うものだ。収録されている演目は、次の通り。
 ①亭主関白②元帳③姉さんの合戦④我慢灸⑤ラブレター⑥夕立勘五郎
 ⑦算術⑧氏子中⑨味噌蔵⑩稽古屋⑪與太郎(計72分)
全部、『志ん生全席 落語事典』に詳しく載っているから、それを読んでもらえばいいのだけれど、簡単に説明しておくと、①②は、所謂「替り目」の前半部分で、題名が違うだけで内容は同じ。③は、「浮世床」の姉川の合戦の部分。④は「強情灸」。⑤は、別名「女給の文」。⑥これを聴きたかったのです。志ん生のナマリのある浪曲の面白いこと!⑦「長屋の算術」ともいう。教養のない店子に大家が算術を教えるという噺。⑧現在所謂「町内の若い衆」。⑨“六分あまりでサゲまでやっている”(保田氏)。⑩濡れた草履を乾す所まで。⑪「金明竹」の前半。
音質は、⑪が雑音がかなりあるが、他は雑音も小さく鮮明に聴くことができる。みんな短くって、それが残念ですが、若々しい志ん生を聴くことができて満足です。

ところで、志ん輔が「夕立勘五郎」をポニーキャニオンから出すという予告が以前にあったような気がしたけど、あれはどうなったんでしょうかね?

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2008.04.06

落語教養高座江戸大百科9

柳家小三治=キング 「時そば」
この「時そば」、存在は知ってはいたが、ソニーでも出てるし手に取ろうとしなかった。しかし、他に目ぼしいものもなかったので借りてみた。聴いてみてビックリ!その速い事!とくに蕎麦屋を騙した男の語り(騙り)の速い事!後から発した言葉が前に発した言葉を追い越そうとするのだから。以前に小三治の「千早振る」に関して、それがカルロス・クライバーを聴くような爽快感があるというようなことを記したが、その比ではない。暫く前にNHKで放映されたパーヴォ・ヤルヴィが指揮したベートーヴェンのようなのだ。疾風怒濤。精気溌剌。
そして、昭和53年録音のこの盤からおよそ15年後の録音となるソニー盤も改めて聴いてみたのだが、やはりキング盤は随分と速い。ソニー盤は聴いていても違和感も全くない通常の速さなのだが、キング盤はとにかく速い。55年録音のグールドの「ゴルトベルク変奏曲」を聴くかのようでもある。そして、ソニー盤に聴くことができる声の錆び(これは否定的な意味ではない)が、キング盤では全く感じられない。現在も聴くことができるこの錆がこのキング盤では全くなくって、ピュアな声質なのだ。そういう意味でも、このキング盤は、小三治が好きな人には、ひとつのメルクマールともなる一枚かもしれない。ま、これは、古くからの小三治ファンには私如きが言わずともよいようなことかもしれません。
しかし、難儀なことに、速いから爽快だから、そっちのほうが面白いかというと、そうでもないんですよねぇ、これが。ほんとに厄介です。
因みに、他に八代三笑亭可楽の「うどん屋」を収録。

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2008.03.30

古今亭志ん生ベスト・コレクション

古今亭志ん生=クラウン 「穴どろ」「おもと違い」
「おもと違い」という噺は、聴く前は「元犬」の別名かと思っていた。違うんですねぇ。詳細は、『落語事典』などに譲るとして、万年青(おもと)と娘の名前おもととを混同したことからくる一騒動という一席。まぁ、噺自体は、たいしたこともない噺だけど、やはり、これも貴重な噺。他には、CDでは出ていないんではないだろうか。『志ん生全席落語事典』で、調べてみたら、やはり、これにも記載されていない。
以前にも書いたが、このシリーズは、貴重な噺が幾つもある。確かに、聴いてみると、どうってこともない噺だったりもするのだけど、しかし、ファンとしては、なんとなく落ち着かない。だから、結局、シリーズ全巻を収集しました。『志ん生全席落語事典』の補遺として以下に演目を記しておこう。なお、このシリーズ、各巻に通しの番号は振られていないので便宜的に商品番号の末尾を振っておきます。
 CD01=「女学校操競孝女おゑんの伝」
 CD02=「茶金」「雨の将棋」
 CD03=「らくだ」
 CD04=「三軒長屋(上)」「後生鰻」
 CD05=「黄金餅」「へっつい幽霊」
 CD06=「もう半分」「水屋の富」
 CD07=「芝浜」「姫かたり」
 CD08=「坊主の遊び」「星野屋」
 CD09=「毛氈芝居」「牡丹灯籠(序)」
 CD10=「お初徳兵衛」「風呂敷」
 CD11=「宗珉の滝」「松山鏡」
 CD12=「早桶屋」「義眼」
 CD13=「穴どろ」「おもと違い」
 CD14=「藁人形」「元犬」
 CD15=「唐茄子屋政談(上)(下)」
 CD16=「お直し」「宮戸川」
 CD17=「品川心中」「権兵衛狸」
 CD18=「鰍沢」「猫の皿」
 CD19=「搗屋幸兵衛」「お化け長屋」
 CD20=「富久」
この中には、『志ん生全席落語事典』の中で、『志ん生復活!落語大全集』(講談社)に唯一収録されているとされている噺が幾つかある。、『志ん生復活!落語大全集』は、値段も高いし、図書館には所蔵されていない。そして、講談社は、他の出版物でも、附録のCDを禁帯出扱いしている。どういう経緯でクラウンのCDが廃盤になったのかは判らないが、こんな傲慢な講談社のものなど手にしようとも思わないので、クラウンのものを、ほかのレコード会社でもいいから、法的にクリアして市販してもらいたいものだ。

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2008.02.27

決定盤十代目金原亭馬生落語集

金原亭馬生=コロムビア 「笠碁」「茶金」「そば清」「錦の袈裟」
長い間、聴きたいと思っていた馬生の「そば清」をようやく聴けた。何も言う事はない。以下に記した、草柳さんの言葉が全てを語っている(しかし、以前にも言った事だが、草柳さんは買わせ上手です)。

十代目金原亭馬生がいちばんのおすすめだが、LPで発売されていたものが残念なことにCD化されていない。「清兵衛イコール馬生」といえるほど、そばを食う馬生の形がよく、清兵衛が発する「どうも」という口調が馬生の調子にぴったりであった。CD化を切に望みたい音の一つである。

本当に、付け足すことは何もないのだが、馬生特有の言葉の調子、ニュアンス、というようなものが如実に味わえる一席ではなかろうか。因みに、「どうも」は、実際に聴いて頂くのが一番なのだが、“も ” と言う具合に“ど”にアクセントがあって、一度聴くと耳から離れない。また、蕎麦賭けをしている蕎麦屋に居る人々の臨場感も秀逸。蕎麦を食べている清兵衛が、食べ終えた蒸篭を“早く脇へどかせなさいよ”と見物の人に言うのも初めて聴いた。また、マクラで、蕎麦を食べる音がうるさいと言われて、蕎麦を丸めて食べるというのも実に可笑しい。
4月30日に、『十八番名演集』のBOXセットの第二弾が発売されるそうだが、そのセットには是非この「そば清」も収めてもらいたいものだ。

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2008.02.03

古今亭志ん生ベスト・コレクション

古今亭志ん生=クラウン 「茶金」「雨の将棋」
不正音源の使用が認められて廃盤になったということから、『志ん生全席 落語事典』からは、その対象外とされている、クラウンから出ていたCDの中には、いわゆる珍品が幾つかある。この「雨の将棋」もそうで、碁ができない将棋好きの志ん生が、「笠碁」を碁から将棋に変えて創ったものだという。また、馬生も、、志ん生から“おれは碁を知らねえから『笠碁』も『碁泥』もできない。仕方がないから『雨の将棋』でやってるけど、この噺は将棋じゃだめなんだ。だから碁を習え”と言われたらしい。
その「雨の将棋」をようやく聴くことができた。志ん生が“この噺は将棋じゃだめなんだ”といった意図がどの辺にあるかは判らないが、しかし、確かに「笠碁」の品というか、静謐さというか、そういうものは感じられないようだ。けれども、志ん生のクスグリ満載の滑稽噺になっている。野球のアナウンサーが“只今、二回の裏”と言った言葉に“居候じゃないんだ”と言ったり、将棋の駒の王の変わりに置いた油虫が股座に入り込むと、“王が、取られないように金の後ろに隠れた”とか。
口調からすると病後の録音のようで、テンポの良さはないが、その面白さは否定できず、廃盤にしてしまうのは惜しいとも思う。

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2008.01.06

ききたい落語家シリーズ6

桂三木助=コロムビア 「芝浜」「御神酒徳利」
このCDを聴いてようやく腑に落ちた。保田さんの解説によると、

 三木助の 「芝浜」 のレコードは、たくさん出ているが、すべて昭和二十九年十二月二十九日にNHKラジオで放送したものである。ただし、船中で白魚を食べるマクラがカットされていないのは、コロムビア盤だけである。

ということらしい。なるほど、だから、ユニバーサル盤を聞いていておかしいと思ったのだ。“こりゃ、もっと前かも知れませんけれど”と言って、いきなり、“お前さん、起きておくれよ”とくる。何が前なんだろうと訝しく思っていたら、大幅にカットしていたんですね。そして、それだけではなくって、前にも書いたとおり、おカミさんに起こされたときに、盤台、包丁、草鞋を尋ねる前に、“得意先から断られたらみっともないじゃないか”という件もカットしているのだ。これは、とんでもなく乱暴なカットですよね。こんなにカットされたら三木助の「芝浜」を聴いたことにはならないのではないでしょうか?現在の噺家はこの部分は演らないから、という現在の視点で判断してカットしたのだろうか?暴挙としか言いようがありません。三木助の「芝浜」がどんなものなのか聴きたいと思ったら、このコロムビア盤を聴くしかないですね。ただ、面白いことにこのコロムビア盤、ケース裏の日付は12月30日となっている。御愛嬌でしょうか?それから、CDでは、拾った金は八十二両となっているのだが、先にも言及した『古典落語 正蔵・三木助集』では、四十二両となっています。この本の編者が聴いたときにはこの金額で演ったのだろうか?
ところで、話は変わるのですが、BS-iで放送された権太楼の「芝浜」で、たしか、夢だと知らされたのが大晦日となっていて、心を入れ替え明日から真っ当に働くと言って翌日から河岸に行くのだが、元日から商売するのだろうか?今は、元日も何もなく、スーパーなどは年がら年中、商売しているけれど、昔は、元日は休んでたのではないのだろうか?ちょっと疑問に思った。そのへん、どうなんでしょうか?

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2007.11.11

十代目金原亭馬生十八番名演集

金原亭馬生=コロムビア
十枚組みのセットを先日購入。随分以前から予告があり、それ以来ずっと待ち望んでいたもの。特典盤として、「芝浜」「子は鎹」のスタジオ録音を収録した一枚が付いている。私が所有していない馬生の演目でこのセットに収録されているものは、「子別れ(通し)」、「つづら」、「付き馬」、「淀五郎」、「粗忽長屋」、「お富与三郎/木更津」、「お富与三郎/稲荷堀」、「お富與三郎/与三郎の死」である。そして、「お富与三郎/島抜け」を除いては、同一演目ではあるが、別音源である。「お富与三郎/島抜け」のみが全くの同一音源ということになる。ということで、すべて納得した上で購入したのだが、ただひとつ残念なことは、さきに同じコロムビアから二枚組みで出ている『決定盤十代目金原亭馬生落語集』に収録されていた「そば清」を、このセットにも収録して欲しかったという事だ。「そば清」は、草柳さんが馬生の“ど~も”の声に言及されていたので是非に聴きたいのだが、そのセットに収録されている他の三席「笠碁」「茶金」「錦の袈裟」は既に所有しているので、購入を躊躇してしまうのだ。コロムビアさんも、その辺を考慮して販売してもらいたいものです。
いま、ぼちぼちと秋の夜長の友として聴いているのだが、馬生の怒ったところというのは、ホント、おっかないですね。「つづら」にしろ、このセットにはないけれど、「らくだ」にしろ。
ところで、このセットのジャケットの馬生の写真は全てカラーのものが載っているのだが、さきに発売された全五枚の『金原亭馬生名演集』のようにモノクロのほうがより雰囲気が出ていたように思う。カラーだとなにかしら生々しい感じだ。

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2007.08.25

柳家小三治Ⅱ-三

柳家小三治=ソニー 「船徳」
この会は、実際に聴いている。ちょうど7月10日に開かれ、まことにグッドタイミングな演目だった。<極私的名演十撰>にも挙げているので、このCDも記念的意味合いもこめて買ってみた。あの高座は名演だった、という思いは今も変わりはないが、しかし、細かな部分はもう殆ど忘れていた。この日の高座は、いわゆる小三治のマクラはなくて、若旦那についての軽いマクラを振って直ぐに本題に入っている。このCDを聴くと判るのだが、無音の所がかなり多い。仕種のみの所が多いのだ。これは、私も今でも覚えているのだが、竿を流してしまう所も、その仕種が大変に可笑しかったことを思い出す。この仕種の面白さというものが、私など初心者にはとてつもなく可笑しかったのだと思う。この竿を流したことは、あとで客に傘で石垣を突けというところで告白するのだが、ここでは、若い女性の観客など、まさに咳き込んで笑っている。ああ、なんだか少しずつ思い出してきました。やはり、この高座は名演、名盤です。

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2007.07.18

ビクター落語八代目林家正蔵(1)

林家正蔵=ビクター 「中村仲蔵」「火事息子」「一眼国」
草柳さんがの中で、このCDの「中村仲蔵」について、“八代目林家正蔵(彦六)が得意にしていた。CDも数種出ているがまだ勢いのある時代のものを挙げる。物真似されておなじみの晩年の口調しか知らない人にとっては驚きの語りだろう。”と紹介しているが、このことがより顕著なのはむしろ「火事息子」の方であろう。その若々しさ、滑舌の良さ、テンポの良さ。本当に驚きである。マクラで、いろは四十八組のなかに無いものとして、へ組(屁)、ひ組(火)、そして、ら組を挙げて、ら組が無い理由として江戸っ子は“ら”とうまく発音できなかったこと、ま組のあとにら組があっちゃやはりまずいということを挙げて説明しているのだが、そのクスグリもスムーズにリズミカルに出てくるので、すっと耳に入りやすく直ぐに笑いの反応が起こるのだ。しかし、草柳さんは落語ファンの購買意欲をくすぐるツボを熟知していますね。それからおよそ10年後の録音になる「一眼国」、これは我々がよく耳にする晩年のものだろうが、しかし、これもまた面白いのだ。見世物小屋をスケッチするマクラの部分が、時折、坂本冬美のような裏返る一歩手前の声も出てくるが、晩年の渋い声にマッチして雰囲気も満点。まさにその見世物小屋の前で入ろうか入るまいか逡巡している私自身がいる。それから、鬼娘として適役なのはその容貌からして立川談志が最適だと言っているのだが、これは当時、談志の共産党議員への野次をめぐって二人がしょっちゅう喧嘩していたということが原因か。また、本題で、一つ目達が原っぱの中から次々に出てくる様を、ぴょこぴょこと表現しているのが可愛らしくも可笑しい。
このCD、正蔵を聴くときには必聴の一枚かもしれない。

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2007.07.03

志の輔らくごのごらく4

立川志の輔=ソニー 「抜け雀」
京須氏の解説の中に気になった箇所が一つあったので、あえて書くのだが、絵師が衝立に絵を描く時に、宿屋の主人に衝立を傾けて持たせる場面がある。これを、京須氏は、志の輔流であり彼の工夫であると書いている。しかし、衝立を主人に傾けて持たせるという演出は、先代馬生のCDでも聴くことができる。京須氏は、“工夫”という意味をオリジナルという意味で言ったのではないのだろうか?まさか、衝立を前に傾けるというクスグリを“工夫”と言っているとは思えないのだが。

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2007.06.01

五代目古今亭志ん生名演大全集47

古今亭志ん生=ポニーキャニオン 「子別れ(中・下)」「水屋の富」
いくつかの「子別れ」を聴いたが、この盤は特異でもあり面白さも格別である。子供の名前が亀ちゃんではなく金ちゃんであること、玄翁ではなく金槌であることは、志ん生の他の盤も同じであるが、鰻屋へは翌日ではなく当日に行くこと、母親から“男の子は男親につくというからお父ちゃんのところに残りな”と言われて、金ちゃんが“嫌だい、お父ちゃんのところにいるのなら、日本に居たくない”と言うところや、夫婦喧嘩の仲裁に入った半公が、自分の所の夫婦仲がどんな風かを長々と愚痴る所とか、金ちゃんが親を一緒にさせるために鰻屋の二階で必死になって、“今日、学校で先生が子供の幸福とは何かについて話してくれた。子供の幸福とは上手いものを食べたり贅沢をすることではなくて、両親が揃っていることだって。だったら、あたいは幸福ではない。幸福にしてくれよ”と言う所などはこの盤が他の盤と大いに違う所であろう。特に、金ちゃんの言う“幸福にしてくれよ”という叫びは涙なしでは聴くことができない。志ん生からこういうセリフを聴くとは思いもしなかった。
この盤は、草柳さんも推薦しているし、また、多くの落語聴きの先達の諸氏からは、何をいまさら、と言われるでしょうが、遅まきながらこの盤を聴くことができて幸せに思っています。

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2007.05.09

喬太郎落語秘宝館別館

柳家喬太郎=ワザオギ 「冬のそなた」「国民ヤミ年金」「巣鴨の中心で、愛をさけぶ」
“賞味期限のある新作落語を集め”たのがこのCDで、別館という名前もその意味でつけたらしい。今輔も言っていたが、新作落語は特に時事ネタとなるといわゆる捨てネタとなるのが宿命らしい。だから、そういうものも記録として残しておきたいとも言っていた。その今輔の意思が、こういう形で残るということは喜ばしいことだ。
収められているこれらの作品は、あるいは出番30分前の楽屋で、あるいは会の直前に喫茶店でというように作られた。その才能に感嘆してしまう。啄木なども一日に何首も溢れんばかりに短歌ができたそうだが、思考回路がもうそういうふうになっているんだろう。
解説で大友さんが五代目柳家つばめの著を引用しながら言っているが、まさに演者と観客が刹那のコミュニケーションを楽しむという落語の本質は“キワモノ落語”でこそ堪能できるのかもしれない。
喬太郎の高座はマクラも面白いのだが、このCDでは、さん角(現・さん弥)が話題にのぼり、もし天才バカボンが実写で映画化されたらさん角はレレレのおじさん役として最高なのではというようなことを語っていたが、言われてみると成程と納得してしまう。また、この日の下座の恩田さんは喬太郎の大学の後輩だそうで、ある打ち上げで飲み屋を出た所で、路上で着物姿で“日大節ーッ”と大声を発したそうだ。素晴らしい!

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2007.04.25

おとしばなし「吉朝庵」その二

桂吉朝=東芝 「たちきり」「つる」
中野翠さんの『よろしく青空』を読む。このシリーズと小林信彦さんの中日新聞のコラムをまとめた本(この本の最新刊はまだ出ないのだろうか?)によって志ん朝の大須演芸場での独演会の模様を窺うことが楽しみであったが、今はそれも叶わない。
『よろしく青空』で、吉朝のことが書かれていた。読者からビデオで撮った「不動坊」「蛸芝居」「河豚鍋」、そして「たちきり」「七段目」のCDが送られてきて、その死を哀惜されていたとのこと。中野さんはそれまで吉朝の噺を聴いたことがなく大変に恐縮されていた。ビデオのほうは、恐らくBS-iで放映された落語研究会での高座だと思う。それは私も録画していたので、再度観る。「蛸芝居」、たしかにその蛸の表情、仕種など面白くはあるのだが、それが過剰に思えて(これは吉朝がということではなく噺自体に)いまひとつ馴染めない。あの鳴物というものにもしっくり来ないものがある(これも当方の馴れの問題だろう)。
しかし、「たちきり」は、以前にも一度聴いて涙したのだが、今回改めて聴いても小糸の哀れさが切々と伝わってきてやはり涙した。若旦那を待ち焦がれる小糸に、活動に行こうと学生さんと約束していながら、それを許されなかった吉永小百合演じる踊子を思い出した。吉朝演じる「たちきり」は、ほかの噺家のものとは肌合いが全然違う。
「つる」は、師米朝が好きな噺だそうで、また、大師匠の米團治も愛していた噺だそうだ。米朝に「つる」を演るというと、“「つる」を馬鹿にしたらいかん。「つる」を笑うものは「つる」に泣く”と言われたとか。また、「つる」には落語のエッセンスが入っているとも言われたそうだ。私も「つる」は好きな噺(文朝のものが好き)だが、はなから鶴の名の由来を聞きに行く型と話の中で何でも知っていると言うから、それじゃ、鶴はなんで、つるというんですかと聞く型と二つあるようだが、この辺はどうなんだろう?
そういえば、吉朝も出囃子は、文朝と同じ外記猿なんですね。

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2007.04.18

桂文朝2

桂文朝=ソニー 「居酒屋」「山崎屋」
昨年のこの日も文朝を偲んで、もっと文朝のCDがリリースされればと書いたのだが、その後、ソニーから2枚のCDが出た。これは、そのうちの一枚。
『山崎屋』のマクラでは、あの“月日の経つのは早いものですな。こないだマッカーサーが来たと思ったら、もう八月です。いや、油断も隙もありません”の名文句。この名文句が収録されたことは本当に喜ばしいことです。やはり、文朝のとぼけた味わいは誰にも真似が出来るものではないと、改めて思います。本編の方も、旦那、若旦那、番頭、それぞれの人物造形もしっかりとされていて楽しめる一枚。解説の保田氏によると、文朝は師小南よりも三代目金馬に多くを学び、また圓生の芸風を取り入れたそうだが、なるほど、「居酒屋」を含むこの一枚を聴くと得心の行く話だ。去年、私も言ったことなのだが、保田氏も言及されている東京落語会で予定されていた」百川」を聴けなかったことは、返す返すも残念なことではある。
落語協会のメルマガ2005年一月下席号で、編集者の小袁治が浅草演芸ホールでトリをとる文朝にインタビューをしていると小三治が横から口を出し“文朝さんの梅若礼三郎は良いぞ絶対に良い!”といっているのだが、この噺も是非に聴いてみたかった!また、扇辰が語ってくれたエピソード。ある年の正月の寄席で、文朝は、“ベルリンの壁が壊されたってね”“へぇー”とだけいって高座を降り、満場の客を沸かせたそうだ。その場にいたかった!
保田氏が文朝のCDが一枚きりで終わるのは寂しいと京須氏に話すと取り置きの二席があるとのことで、このCDが出来たそうだが、朝日名人会の第50回で配布された記念のパンフレットにその全50回の演目が記されているが、それを読むと、あと一つ、第35回に「品川心中」を演っている。これは、CD化されないのだろうか?期待したいものである。
しかし、ケース裏の高座写真、まさに文朝である。

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2007.04.09

五代目古今亭今輔落語集(二)

古今亭今輔=コロムビア 「旅行日記」「囃子長屋」「印鑑証明」「もうせん芝居」
ぼんやりと「旅行日記」を聴いていると、なんだかどこかで聴いたような噺だなと思ったら、お台場寄席で、喜多八の高座が配信されていたのだった。喜多八のものは、以前に泊まったときに旨い旨いといって食べたのは病んだ鶏やコレラに罹った豚の肉だったと知り、なんだか具合が悪くなってきたと言うと、相棒が今度はお前が料理されるぞと言うもの。今輔のものは、その鶏や豚の肉の経緯を知らされた相棒が“早く帰ろう、今、下を覗いたらここの婆さんが患って寝ていた”というもの。今輔のを聴いていると、相棒を“君”というのが、いかにも一昔前のいわゆる新作落語らしい雰囲気だ。喜多八は、さすがに古臭さを感じさせない。
「囃子長屋」など、あまりにもくだらなくて、そこがまたいいのかもしれない。しかし、お囃子の言い立てはかなり長く続くので、トータルすると噺そのものより、お囃子の部分の方が長いかもしれない。
解説を読むと、圓楽といっていた先代正蔵落語革新派を起こしたということだが、正蔵と同様の気骨ぶりが伺われ、一度、その人となりみたいなものが書かれた本をよんでみたいものだ。

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2007.04.05

柳家さん喬名演集(1)

柳家さん喬=ポニーキャニオン 「棒鱈」「井戸の茶碗」
このCDと同じ演目で、すでにキングレコードから出ている。キングのほうは2000年の収録。こちらは、2006年の収録。
「井戸の茶碗」は、朝日名人会で初めて聴いて不覚にも涙がとまらなかった。それで、キングのCDを買い求めたのだった。今回の新しいCD、旧盤との大きな差異はないのだが、細かな点で気付いたのは、娘の年齢が、旧盤は16、7歳で新盤が17、8歳。そして、高木が清兵衛に“金が金で買えるか”と言った後に新盤では“そのような時代が来てはならん”と言っている。これは、やはり昨今のマネーゲームの風潮を意識して言っているのだろうか。そして、もう一つは、大した事ではないのだけれど、清兵衛の“クズーイオハライ”という声が新盤の方が朗々と長~く発声されている。違いと言えばこのくらいで、新旧どちらの盤を買ってもいいようなものである。以前、引用した『きく知る落語』でのさん喬のインタビューがこの解説でも引用されている。さん喬にとっては、やはり入魂の演目であるのだろう。ちなみに、解説によるとさん喬はこの噺を先代柳朝に教わったそうである。しかし、そうとは思えないほど全くの自分の型に仕上げているそうだ。
「棒鱈」は新宿末広亭で初めて聴いてその面白さに圧倒された。こんな面白い落語があるのかと思ったものだ。勿論、演題など知るはずもなく、仲入に末広亭の人に教えてもらった。これも新旧違いはない。違いと言えば会場の雰囲気か。旧盤の方は観客がよく笑っている。新盤の方は客席からの“マッテマシタ!タップリ!”という掛け声が楽しい。マクラもほとんど同じ。女性の酒の適量はビール一本、しかし、それも一分ほどで呑んじゃあ仕様がない。キッチンドリンカー。等々。

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2007.03.20

柳家権太楼名演集(2)

柳家権太楼=ポニーキャニオン 「寝床」「抜け雀」
いずれも、<鈴本夏まつり2006>での高座。二席とも、権太楼登場とともに万雷の拍手。「寝床」のマクラは最近よく耳にする、夫婦は同じ趣味を持たない方が良いという話。夫婦でゴルフをしてパー5のホールを嫁さんがラッキーの連続で2オンし“このパットが入るとイーグルよ、これが入ったら死んでもいいわ”と言うと旦那が“OKです”と言ったために、この夫婦は口もきかなくなったというもの。このマクラから客席は笑いモード全開。噺へ入っても客席では終始笑いが絶えない。サゲは志ん生バージョンで、書置きを置いていなくなった番頭が今は北海道で日本から義太夫を無くす会の会長をやっている、と言って“冗談いっちゃぁいけない”とサゲている。
このところ、私は権太楼の噺に笑えなくなっている。パターン化された表情、エーン、ウーンという時折にはいる口調、キンキンとした怒鳴り声。私も中野翠さんの顰にならって床の中で落語を聴くのだが、「抜け雀」では特にこのキンキンとした怒鳴り声があまりにも多くて、とても眠れないし聴いているのが苦痛になってくる。権太楼を聴き始めた当初は、私もこんな面白い落語があるのかと思ったものだが、ちょうどアサヒドライビールを初めて飲んで、その鮮烈な味に感動したものの、次第に濃くも香りも苦味もないその味に飽きたように、権太楼の落語にも笑えなくなっていった。先日もTVで「笠碁」を演っていたのだが、二人の大店の旦那とそのマクラで出てくる縁台将棋をやっている町内のオヤジとの差異が感じられないのだ。
ライナーノートに塚越氏が一文を寄せているのだが、言いたいことが沢山あるようで、ちょっと要点がつかめなかった。このシリーズ全巻に氏の文が載るのだろうか。
しかしながら、現在の落語界の先頭集団を走る噺家達の記録として、このシリーズが長く続くことを心から切望してやまない。

*ビールといえば、今日発売されたキリンの〔THE GOLD〕、泡がとてもクリーミィですね。

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2007.03.13

三遊亭圓歌独演会(参)

三遊亭圓歌=キング 「宮戸川」「品川心中」
このCD、去年発売されたものだが、録音は昭和55年。図書館で検索していたら目にとまる。聴いてみると、思いもかけず貴重なCDとなる。というのも収録されている「宮戸川」が、サゲまで演じられているのだ。落雷を縁にして結ばれたお花と半七。霊岸島の伯父の粋な計らいで夫婦になり、父親から貰った勘当金で横山町に小僧と女中との四人の小さな店を構える。そうして三年経ったある日、小僧と浅草まで出掛けたお花は、雷門で雷に逢い癪を起こし気を失う。そこへ通りかかったゴロツキ三人になぐさみものにされた上に、宮戸川に投げ入れられる。半七は、いなくなったお花をほうぼう探したが、結局、見つけることができず、お花がいなくなった日を祥月命日として、その一周忌に墓参りを終えた帰りに乗ったチョキ舟で、そのときの三人組のうちの二人、カメとトク(もう一人はキチ)に出会う。そして、一部始終を知る。ここで鳴物が入り芝居仕立てとなり、双方が睨み合う所で小僧に起こされ夢と知れる。サゲが“夢は小僧の使い”。なるほど、なるほど、こういう噺ですか。隅田川馬石などにも演ってもらいたい噺だ。たっぷりと芝居仕立てで。
約四半世紀も前の高座だが、圓歌の伝法な口跡も勢いがあって、なかなかいいものです。ただ“山のアナアナ”だけの人気ではなかったんですね。

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2007.03.09

江戸のラヴソング

柳家小菊=ソニー
小菊姐さんのCDを聴きました。寄席での短い出番に飽き足らない小菊ファンの渇を癒す一枚。最後のトラックの『解説文に代えて』で冒頭に“緊張しました”と言っているように、角々が立って、いつもの柔らかさがないかなとも感じましたが寄席ではめったに聴けない唄の数々を堪能しました。この『解説文に代えて』は、大変に参考になります。端唄と小唄の違い。難しい質問で、結局は、端唄の看板を出している人が唄えば端唄であり、小唄の看板を出している人が唄えば小唄である、ということ。三味線を、端唄はバチで弾き、小唄は爪で弾く、ということ。そして、小唄は囁くように小声で唄う、ということ。その伝でいくと、このCDの一曲目の「梅は咲いたか」は、端唄ということですね。私がこれまでこの曲でイメージしていたものは小唄でした。また、サワリという言葉も知ることができ、とても勉強になりました。そして、三味線というものは、人間が関わる部分が多い楽器だから三十年やっても飽きないと(“年がばれちゃう”と言ってましたが)。
寄席でよく聴く「蛙ひょこひょこ」も、スタンダードナンバーということで入っています。師匠である柳家紫朝がよく演っていたそうで、教えを乞うたところ“こんなもの、見台を間にして教えられるか、勝手にやれ”と言われ、独学で習得したそうです。しかし、「二上がり新内」と「淡海節」は元気な頃の師匠にきっちりと教わったそうです。師匠が紫朝だということも恥ずかしながら初めて知り、落語協会のプロフィールを慌てて見た次第。
「都々逸」などのしっとりとした唄もとてもいいですよね。寄席では、なかなか唄えない、勇気を出して唄えばいいんだけど、と仰っています。ホント、たまにはお願いしたいですね。
最後にジャケットの写真に苦言。華やかで艶っぽい実物と違ってちょっと老けて見えるのですが、ほかの写真はなかったのでしょうか?まぁ、それはともかく、観る芸でもあるのですから、将来、DVDでも出して欲しいものです。
ちなみに、太鼓が、志ん輔とクレディットされています。

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2007.03.01

CD落語特選⑬春風亭小朝(二)

春風亭小朝=ビクター 「厩火事」「七段目」「品川心中」
小朝のCDを見つける。現在、小朝のCDは市場にはほとんど出回っていないので、貴重なものではなかろうか。25~27歳の頃の録音だが、語り口は現在とさほど変わらない。達者な語り口である。解説で、大貫雅吉志さんも言っているが、マクラの巧みさもこの頃から秀でたものがある。時には、志ん朝の二番煎じ、模倣と言われたこともあるらしいが、たしかに、多少似ている所が無きにしも非ずだが、しかし、もう既に今の小朝を確立している。ただ、三席聴くと、表現がパターン化して聞こえるときもある。それは、やはり若さの故か。そして、例えば、“買いましてねっ”と言うときの“てねっ”という語尾が頻出するので、時として耳障りだ。そういう点は若干気にはなっても、中学生の頃には、もう70幾つの噺を物にしてたというし、声質はいいし、語りも流暢だし、35人抜きで真打になったのも宜なるかなである。
小朝が、今、何故CDをリリースしないのか不思議だ。きっと売れるだろうに。小朝のファンも待ち望んでいるのだろうに。小朝の戦略として出さないのだろうか?

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2007.02.22

喬太郎落語秘宝館2

柳家喬太郎=ワザオギ 「白日の約束」「結石移動症」
一席目の「白日の約束」は、冒頭から客席の大きな笑いが絶えない。マクラの川柳川柳ネタが受けまくっている。その前に上がったつくしが、師匠の川柳を題材とした新作を演ったのを聴いて、素晴らしい一門だ、とても私は、自分の師匠さん喬を“飼っている”などとは、口が裂けても言えない、また、販売されているCDのなかで、高座の途中で川柳が“おい、アンちゃん、水持って来てくれ”と言っているが、そう言われて水を持って行ったのが、当時、前座だった喬太郎だとか、等々。喬太郎も乗りまくっている。噺家と客とがまさに一体となった高座。ライナーノートの喬太郎の言によると、この噺、白日とホワイトデーとを掛けてあるそうだ。だから、これは、ホワイトデーを題材とした噺。ところが、実は、浅野内匠守と関係があるのだった。まぁ、あとは聴いてのお楽しみ、というところか。
二席目の「結石移動症」は、一席目ほどには、笑いが多くはない。やはり、客種の違いか?主人公のケンちゃんに石ができて苦しむのを、針医の堀田が、見事に石を出すことに成功するというもの(勿論、これだけではないですよ)。そう、『ハリー・ポッター/賢者の石』なのだ。このCD(だったか、或いはか、別館だったか定かではないが)が出たとき、どこかに載った評があまり芳しいものではなかったように記憶する。こういう内容のものをCDにすべきだろうかというような。しかし、寄席で初めて喬太郎を聴いて、そのあまりの面白さに驚いたものだった。このCDも然りです。

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2007.02.07

金原亭馬生名演集(一)

金原亭馬生=コロムビア 「笠碁」「文違い」
ポリドールから出ている『NHK落語名人選 (23)』と同一演目である。このCD、すでに所有しているので、迷ったが結局購入した。「笠碁」は、ほとんど内容に変わりはない。細かな所もほとんど同じである。ただ、両方共に“一日に三十番指す”と言っているのだが、DVD『古典落語名作選・其の四』では、“五十番指す”と言っている。それ以外は、こちらも内容的には殆ど変わりはない。しかし、CDでは判らない馬生の豊かな表情を、このDVDでは観ることができる。好きな演目なのだが、落ちがいまひとつ良く判らない。しずくが垂れていて、それを拭きながら“まだ笠を被っている”というのが、どういう落ちなのかもうひとつピンと来ないのだ。御存知の方、御教示下さい。
「文違い」の方も、内容はほとんど同じ。ただ、冒頭で“三日連続の独演会”と語っていて、この「文違い」はその初日に収録されたもの。ちなみにこのシリーズの「お富与三郎」は、その最終日に収録されたもの。解説の保田武宏氏によると新宿を舞台とした郭噺は、この「文違い」と「縮みあがり」と二つしかないそうで、以前に文治がよく演っていたという「縮みあがり」のほうは、もう演り手もなく今は「文違い」のみが残っているそうだ。「縮みあがり」、聴いてみたいものだが。志ん朝の「文違い」も聴いてみたいが、音源はないようですね。

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2007.01.13

桂文珍19

桂文珍=ソニー 「池田の猪買い」「包丁間男」
文珍のこのシリーズも19巻目。文珍自身もライナーノートで、“20までリーチ”といっているので、20巻で終了するのでしょうか?志ん朝も小三治もそれぞれ20巻ずつだから、やはりそうなるのでしょうね。マクラ、相変わらず面白い。
「池田の猪買い」は、若いときに師匠の文枝に教わったそうだが、当時、仁鶴がしきりに演っていたためにお蔵にしていたそうだ。ユッタリとしたテンポで実に楽しい噺。ためしに仁鶴のを聴いてみたのだが、そのテンポの速いこと!
「包丁間男」は、もともとは上方の噺だとは初めて知りました。

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2007.01.05

桂文珍18

桂文珍=ソニー 「住吉駕籠」「船弁慶」
「住吉駕籠」のマクラで、リニアモーターカーのことに触れ、それは磁気のS極とN極との引き合う力と反発する力とによって車両が前進する、というようなことを言っているのだが、このことは、たしか、枝雀も同じ「住吉駕籠」のマクラで言っていたように思う。この噺の定番なのだろうか?しかし、磁気で走るだけに直(じき)に着くというシャレには笑った。
それにしても、「船弁慶」の喜八同様、文珍の語るボーッとしたキャラクターの登場人物は、自家薬籠中のものですね。シリアスさの残る枝雀の登場人物とは違い、100%天然という感じです。客席で笑いが絶えることがほとんどないのは見事です。

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2006.06.29

金原亭馬生名演集(四)

金原亭馬生=コロムビア 「八五郎出世(妾馬)」「うどんや」
しかし、「八五郎出世」での都々逸、「うどんや」での“なべや~きうどん”という売り声、なんといういい声なんだろう!これを聴くだけでもこのCDを買った価値はありました。「八五郎出世」は未所有の演目(もう、あまり言いたくはないんだけれども、これなんぞは、あえて、(妾馬)としたのは、妾馬の方がまだ通りがいいからこの名も付けたというところではないのか。このシリーズ、内容的には不満はないのだけれども、何度も言っているが、演目名の付け方に大いに不満がある。売らんがための魂胆が露骨)。この会場での客、本当に良く笑ってる。当方もこの会場に居て一緒に笑いたかった!恥ずかしそうに“もったいないから、白粉をお拾い”というクスグリ(これは、「妾馬」でのお決まりのクスグリだそうな)を言う馬生の表情を観たかった。八五郎が酔って、お鶴に母親が寂しがっていると言うところは、もっと濃厚に演ろうと思えば演れるのだろうが、そう演らないのは、馬生の見識か、それともスタイルか?しかし、それでいてその情愛というものはかえって感じられるのだけれども。
「うどんや」も良いです。ある意味、滑稽噺だけれども、泣ける噺でもあります。それは、酔っ払いの知り合いの娘とのエピソードもさることながら、うどん屋の職業上の悲哀というものがあるペーソスをもって語られているからですね。

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2006.06.16

桂文珍17

桂文珍=ソニー 「悋気の独楽」「七度狐」
2004年11月13日の収録。マクラの面白みは相変わらず。客をツカムのが本当に上手い。「七度狐」が面白かった。まず、鳴物が全く邪魔にならず噺と調和して聴けた。これは、下座さんが上手い下手と言うことではなく(当方、勿論それを判断できるほどの知識もない)、上方噺での鳴物がなかなかなじめないのだが、この噺では、なんの違和感もなく聴けた。むしろ、噺と相俟って、より楽しく聴けた。
この噺、最近は、タイトル通り七度騙すことはあまりないそうだが、文珍、七度騙しを演っています。解説の小佐田さんが、米朝の七度騙すことに否定的な意見にもめげず、文珍に暗に頼まれて創ったそうです。たしかに、米朝が言うようにくどくはなりますかねぇ。

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2006.06.14

金原亭馬生名演集(五)

金原亭馬生=コロムビア 「錦の袈裟」「お富与三郎
「錦の袈裟」、未所有の演目。郭噺の会での一席。出囃子なし。めくりもなし。客の拍手に迎えられ、マクラで、“以前はこんな風で”といいながら、圓喬の高座をスケッチしてみせる。馬生の与太郎、いわゆる与太郎という感じはなく、皆から愛される優しくてちょっと頼りない年下の亭主というところ。解説で、保田武宏氏が“志ん生の長所が、馬生に生かされている”と書いているのだが、志ん生の「錦の袈裟」、名演大全集などには収録されていないようだが、音源はあるのだろうか?
「お富与三郎」、以前に「与話情浮名横櫛」という演題で同じコロンビアから出ていた。全く同じ音源。これなど、演題を変えた理由はなんだろう?前にも書いたようにちょっと納得がいかない。まぁ、これは事前に同一音源だと承知はしていたのだが。
しかし、このシリーズ、ジャケットの写真がとても良いですね!寺島靖国さんではないですが、ジャッケットで買った部分もかなりあります。

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2006.06.03

金原亭馬生名演集(三)

金原亭馬生=コロムビア 「千両みかん」「品川心中」
このCDも、未所有の演目の「千両みかん」がお目当てで買ったのだが、「品川心中」が、思いもかけない拾い物。以前、ビクターから出ていたものは所謂(上)の部分で終わっているが、このCDでは、54分たっぷりと「仕返し」とも題の付く所謂(下)まで演っている。たしかに、下の部分は噺自体が面白みにはかける嫌いがあるが、「品川心中」を通しで演っている音源があまり無いので、これは貴重だと思う。今まで聴いたCDだと、大抵は、紋日という言葉がでてきたが、このCDでは、この言葉は出てこなくて、移り替えという言葉が出てくる。ニュアンスとしてはどう違うのだろう?
「千両みかん」、ある日突然、なにもかもをも投げ出して人生を棒に振る番頭に共感してしまいます。みかんを手にした店の名を馬生は、千惣(?)と言っているようだが。

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2006.06.02

立川談春/来年3月15日

立川談春=アルドゥール 「紺屋高尾」「明烏」
図書館から借りる。感想?登場人物が全て“なに?”“ね”という言葉・語尾を頻用するので、皆が同じに思えるのだ。想像力を働かせてその場面を構築することが出来ないのだ。ヤンキーがタメグチでペチャペチャと喋っている風にしか聞こえてこない。正直言って、聴いてて不愉快になる。もう、談春に関しては触れないことにする。

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2006.05.30

柳家さん喬3

柳家さん喬=ソニー 「唐茄子屋政談」
2005年7月16日の収録。小さい声と大きい声との幅がかなりあり、その小さい声の方がボリュームを上げないと聞き取りにくいことがある。情景描写に奥行きを持たせるために、さん喬自身、声にもピアノからフォルテまで駆使したのだろうか?
さん喬のこの噺、初めて聴くのだが、さん喬らしい人情味溢れたもので、倒れた徳三郎の唐茄子を売ってやる男の“いい叔父貴だなぁ。俺にもそういう叔父貴が一人でも居ればなぁ”というセリフは、寡聞にして初めて聴くが、さん喬らしい演出だと思う。また、徳三郎が叔父に売上金が無い訳を話す件は、一つの芝居を観るかのようです。
どうでもいい事が一つ。マクラで、志賀直哉の名をシガナガヤと言っている様にも聞こえたのだが。
解説は、長井好弘氏が書いているのだが、この方、ちょっと、自分の話が長すぎはしないか。そして、事あるごとにY新聞社と必ず触れるような気がする。

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2006.05.26

金原亭馬生名演集(二)

金原亭馬生=コロムビア 「花見の仇討」「白ざつま」
このCD、「白ざつま」がお目当てで買った。当方が所有している馬生のCDにこの演目がなかったからだ。しかし、解説を読んでがっかり。「白ざつま」は、「菊江の仏壇」の別名だというではないか。それだったら、以前、テイチクからでていた日本の伝統芸能シリーズのなかの一枚として出ていたものを持っているのだ。全く同じものではないのかと心配になって録音年月を調べたら、「菊江の仏壇」の方は、昭和46年6月24日で、「白ざつま」の方は、収録年不明で、5月17日収録となっている。聴いてみても、微妙に違う。だから、別高座なのは確かだ。解説にも、馬生自身、両方の演目名で演っていると書かれている。だから、それぞれのCDのジャケットには、その時に表示された演目名を記してはいるのかもしれない。しかし、そうは思うのだが、例えば、「白ざつま(菊江の仏壇)」と表記してもいいのではないだろうか?ちょっと、不親切に思う。まあ、当方の浅学を指摘されたとしても止むを得ないが。でも、買って損をしたとは思いませんでした。その微妙な違いを聴くのも一つの興趣でした。「花見の仇討」は、昭和55年の録音。声に若干張りがないようにも思われます。咳も多いようでした。

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2006.05.04

柳家喜多八Ⅰ

柳家喜多八=ワザオギ 「二番煎じ」「将棋の殿様」
待望の一枚、ついに出ました。先週、山野楽器へ寄ったところ、在庫なし。売れてるんですかね。ジャケットの表紙、決まってます。被っている帽子は故右朝のものだった由。2006年1月14日、座間市・ハーモニーホール座間小ホールでの収録。一席目のマクラでは、初席はザワザワと落ち着かなくてどうもいけない、ということなど。「二番煎じ」、黒川の旦那と宗助さんは、限定出来るのだが、後の人達がどうも限定しにくい。吉原でやっていたという人は、あれは誰になるのだろう?しかし、この人、まるで鶴田浩二にそっくり。また、廻る前に、宗助に土瓶と湯飲みを洗わせておくところは初めて聴くような気がする。
二席目のマクラでは、待ってましたの虚弱体質、柳之宮喜多八殿下。よって、軽く流しますと。この噺、好きです。ライナーノートでも自身が“わがままでも、悪気のない、どこかまっすぐなところのある殿様として演じています”と語っているそのままに演じられていて、すっきりと気持ちの良い喜多八の「将棋の殿様」です。
オマケとして12センチ四方の喜多八直筆(?)の色紙がついてきました。
ワザオギレーベルも図書館に置いて欲しいものです。

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2006.04.23

新落語名人選・柳家小三治

柳家小三治=ポリドール 「小言念仏」「大工調べ」「野ざらし」
今から15~20年ほど前に収録されたものか。今と比べて、やはり、声に力があり、テンポも速い。「大工調べ」の啖呵など、今ではもう無理だろう。しかし、今の小三治の、考え考え話す、言葉と言葉の間に暫し間が空く、そういう高座が面白い場合が多々あるものだから、始末が悪い。そういう高座を雰囲気ごと収録すると言うのは、至難の業ではあるだろうけれど、是非、商品化して欲しい。特に、SONYさんには、『歌ま・く・ら』もいいけれど、シリーズに収録されていない「二番煎じ」「鰻の幇間」など、朝日名人会で演っているものが幾つもあるのだから、それをCD化して欲しいものです。
 「小言念仏」=“どじょう”と“なんまいだ”を逆にいうところまで。
 「大工調べ」=与太郎が啖呵を切るところまで。
 「野ざらし」=ささった針を外すところまで。

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2006.04.22

落語特選35・林家三平

林家三平=ビクター 「源平盛衰記」「三平グラフィティ」
今から15~20年ほど前に収録されたものか。今と比べて、やはり、声に力があり、テンポも速い。「大工調べ」の啖呵など、今ではもう無理だろう。しかし、今の小三治の、考え考え話す、言葉と言葉の間に暫し間が空く、そういう高座が面白い場合が多々あるものだから、始末が悪い。そういう高座を雰囲気ごと収録すると言うのは、至難の業ではあるだろうけれど、是非、商品化して欲しい。特に、SONYさんには、『歌ま・く・ら』もいいけれど、シリーズに収録されていない「二番煎じ」「鰻の幇間」など、朝日名人会で演っているものが幾つもあるのだから、それをCD化して欲しいものです。
 「小言念仏」=“どじょう”と“なんまいだ”を逆にいうところまで。
 「大工調べ」=与太郎が啖呵を切るところまで。
 「野ざらし」=ささった針を外すところまで。

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2006.04.18

新落語名人選・桂文朝

桂文朝=ポリドール 「時そば」「初天神」「明烏」
今日は、故文朝を偲んで。
遅れてきた落語聴きとして、志ん朝を生で聴けなかったことは残念ではあるけれど、文朝を生で何度かではあっても聴けたことは、幸いであったと思っている。真面目でかつとぼけた表情で語る“マッカーサー”“寄席の言い伝え”等のマクラ、このCDにも入っている「初天神」、などで大いに笑い、また一方で「鼠穴」では、泣きもした。文朝の名を見たら、覗いてみようかというほどになっていたが、2月に入ると協会の今日の寄席に名前が載らなくなり、どうしたんだろうと思いつつ、18日の東京落語会に当日券を求めに行ったが、この日も休演で圓菊(この日の圓菊は酷かった。同じところを二度演っていた)が代バネだった。そして、4月の18日に訃報を聞く。告別式の日、居ても立ってもいられず、文朝が昼席トリの予定だった末広亭に行く。文生が代わりを勤めていたが、芝居は当然のごとく、何事もなかったかのように過ぎてゆく。この間、志ん輔、扇辰、市馬、三太楼などが自身のサイトで誠実な哀悼の文章を記していたが、なかでも雲助のその文章は哀悼する側とされる側との双方の人柄を彷彿とさせるよい文章だった。それからしばらくして東京かわら版に載った小三治と扇橋の対談を泣き笑いしながら読み渇を癒された。将来は、いっぱしの通を気取って、寄席ビギナーのだれかれを誘い文朝のことを教え、“いいですねぇ!”という言葉を聴き、胸をそらす事を夢想したりしていたのだが。
このCD、昨夜、床のなかで聴いたのだけれど、二席目の「初天神」のマクラを例の口調で“元旦から超満員で。末広亭の遠藤支配人から今日の入場者数が発表されまして大体55000人だそうで”というと、客席からも大きな賑やかな笑いが弾けていたが、当方も大笑い。
今後、さらに文朝のCDが例のマクラ入りで発売されることを期待しています。

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2006.04.15

芸協音づくし

浅草ジンタ/桂歌丸/三遊亭小遊三=テイチク
副題に(社)落語芸術協会創立75周年記念とある。
浅草お茶の間寄席で紹介していた、このCDが図書館にあったので借りる。
冒頭に怪鳥(本人の弁)・歌丸と副会長・小遊三との対談。
それから、バク助という芸協のマスコットキャラクターのテーマソング。
そして、歌丸、小遊三、米丸の出囃子のマーチング・バージョン。
最後に、芸協賛歌<親父の小言>。これは、芸協の噺家の芸名を織り込んだもの。
余白にこれらのバンド・バージョン、カラオケ・バージョン等が収められている。
正直、この商品の購買層がイメージできない。浅草演芸ホールに来る主客の年齢層には、これらの曲はちょっとテンポが速すぎはしないだろうか?
副題の通り、あくまでも記念に作製したものなのかもしれない。
収録時間=47分程。

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2006.03.16

五代目古今亭志ん生名演大全集2

古今亭志ん生=ポニーキャニオン 「火焔太鼓」「搗屋幸兵衛」「たぬさい」他
『落語CD&DVD名盤案内』に「狸賽」の項で、草柳さんの面白い評があったのでまた聴く。
下記のような評。

本人が気乗りしないときを代表するような高座の記録になっている。そんなときの志ん生をぜひ聞いてみたいという人向き。

そう言われると聞いてみたい。聞いてみると、たしかに一本調子。浮き立つようなリズムがない。しかし、そんな高座まで記録になり、評の対象になるのだから大したものです、志ん生は。
他に「一眼国」収録。

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2006.03.15

ビクター落語五代目古今亭志ん生(1)

古今亭志ん生=ビクター 「火焔太鼓」「品川心中」「鮑のし」
『落語CD&DVD名盤案内』で草柳さんが絶賛しているので早速聴きました。このシリーズ、大半は病後の録音のようだけれども、この巻は三席ともに病前の録音。「鮑のし」は確かに面白い!冒頭の“落とし噺というものは高いところから物がヒュッと落ちる”というようなことを言って、“ヘッヘエー”と笑うのがなんともいえない。なにかイタズラ小僧のようで愛嬌がある。サゲまでは行かずケツをまくる(事情があってまくれない)で、終わっているんだけれど、クスグリも満載で本当に楽しい一席。
しかし、「品川心中」では、これも冒頭、志ん生が“大変この”と言っただけでクスクスと笑いが起こり、続けて“夏らしくなりましたな”と言ってワハハと大きな笑いが起こる。凄いものです。
あと「火焔太鼓」を収録。

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