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2008年11月の4件の記事

2008.11.20

落語研究会(第485回)※

会場=国立劇場(小劇場)
◆日時=2008年11月20日(木)18:30開演
  ◇立川志の吉 「十徳」
  ◇古今亭志ん丸 「きゃいのう」
  ◇柳家喜多八 「二十四孝」
 仲入
  ◇入船亭扇辰 「紋三郎稲荷」
  ◇古今亭志ん輔 「文七元結」

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2008.11.09

NHK落語名人選46

春風亭柳朝=ユニバーサル 「つき馬」「佃祭」
柳朝の「つき馬」を聴いてみたら、他と若干変わっているところがあったので、忘れないうちに書いておこう。柳朝のは、牛の若い衆と、馬の若い衆が別の人になるんですね。それと、小せんの速記にあったビールが、柳朝のものにも出てきました。オモチャの行き先表示器もちゃんと出てきたので、あるいは柳朝のものが一番小せんに忠実なのかしら(しかし、小せんのものは牛と馬は同じだけども…)。
ただ、私なんぞは、柳朝の良さがまだ判りません。ちょっと、淡白に感じるんですよね。

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2008.11.08

子米朝

桂米團治=ポプラ社
正直、この本の感想を書くつもりはなかったのだけれど、先日放映された米團治の襲名披露口上の様子を観たものだから、ちょっと書いてみようと思った。TVの内容は本に書かれたものと殆ど同じと言ってもよかった。本を読んでいたから、テレビの内容もよく判ったといえるし、テレビを観たから本も面白くなったとも言える。本単独では、さほど面白いとは言えない物足りなさがあった。本で、米團治は、自身のことを盛んに“甘い、甘い”と言っているのだけれど、それは単にテレなのかなとも思われもしたのだが、やはり甘いのかもしれない。その辺の甘いのか、甘くないのかどっちつかずの中途半端さが、本にはあったと思う。テレビを観てその辺の中途半端さが少しはクッキリとしたとも言えるかもしれない。ある意味、TVと本との見事なタイアップなのかな。
ところで、テレビで放映された「百年目」、これは酷かった。なんともバタバタと落ち着かない高座だった。番頭が番頭ではないんですよね。米朝から番頭の格というようなものを教わったとも思うのだが、それが生かされていない。比べるのは酷かもしれないけれど、米團治と大体同じ年齢で口演した『上方落語全集』の「百年目」は、骨格もしっかりしていて、後の物とも違い、力強い若さもある「百年目」。米團治のは、喋っているのは「百年目」だけど、演っているのは「七段目」という感じだった。
しかし、本の中で“関西どないかせんと”と意気込んでいる米團治だから、きっと自身の芸も変わっていくでしょう。

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2008.11.03

古今亭志ん朝15

古今亭志ん朝=ソニー 「付き馬」「三年目」
ここ二週間程、この「付き馬」を聴きながら床に入ったのだが、いつも大門を出る所で寝入ってしまう。それというのも、志ん朝の声がリズムが本当に心地良いのだ。マクラから始まって、冒頭、店の若い衆が客に登楼を勧めるところなんざ、まさにコロラトゥーラです。どこかで、志の輔が志ん朝の落語は気持ちいいのだ、と言っていたが、その点、大いに同感です。そして、榎本滋民氏が『志ん朝落語』で言及している、客が階段を上る時に発する若い衆の“お上ァんなるよう!”という言葉の面喰った上ずり方がこのうえなく可笑しい。このようにして、結果、何日も同じ所を繰り返し聴く羽目に陥ったのだが、それが全く苦にならない。何度聴いても楽しい、何度でも聴きたい。しかし、そうしていては、サゲまでは辿り着かないので、幸い、ソニーの落語CDには、インデックスが付いているから、それを利用して、ようやく最後まで聴き終えることができた。まぁ、全編、志ん朝の歌なんだけど、これも榎本氏が仰っているが、湯豆腐屋で酒を飲んだときの、まさに酒飲みには堪らないセリフを初めとして、絶妙のセリフが満載。いつか、志ん五の「付き馬」のところで、志ん朝の「付き馬」を洒脱だと書いたけれど、確かに洒脱だけれど、それだけじゃないんですね(今迄、何を聴いていたのだろう…)。
榎本氏によると、志ん朝のものは、基本的に志ん生のものを踏襲していて、その志ん生と圓生は、初代の柳家小せんを継承しているという。そこで、『名人名演落語全集(第四巻)』で、その小せんの「付き馬」を読んでみたが、なるほど、今の型と殆ど同じだ。客が登楼して、台の物などを頼む時、ビールも注文するのが面白い。してみると雲助が、“神谷バー”の名前を自身の高座で出していたが、まんざら雲助の趣味とばかり言い切れないかもしれない。ありそうな話ではある。また、浅草のおもちゃ屋の、クルクルと回して行き先を表示するのが最後に“おしまい”となるオモチャは、雲助も演っていた。
ところで、志ん朝がマクラで言っている、“艶やかなお二人”というのは誰だろう? 1977年6月22日、三百人劇場での会で、志ん朝の高座の前に上がったのは誰だろうか? 知りたいものだ。

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