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2007.08.09

まわりまわって古今亭志ん朝

志ん朝の仲間たち=文藝春秋
構成が岡本和明となっているので、前の一件もあり一寸心配だったが、さすが文藝春秋さん、校正ミスはほとんど見られなかった。やはり、出版社、編集者の力量の違いですかね。しかし、これが当たり前と言えば当たり前なのだが。まぁ、あの本が酷すぎた。ただ、267頁の3行目の橘圓蔵は橘圓蔵の間違いだろう。
この本は、前作『よってたかって古今亭志ん朝』の姉妹書といえるかもしれない。前作が弟子たちが語った志ん朝像なら、こちらは、朝太時代を知る人々が語った志ん朝像。とはいっても、それは、馬風文楽小勝さん吉の同期の仲間による座談会だけであり、あとの章は志ん朝になってからのものだ。
座談会は、いろいろとはじめて知ったエピソードも沢山あって楽しく読めた。馬風は、寄席に入った日が志ん朝と同じ日で全くの同期なんですね。また、文楽が語るエピソードなどホント爆笑モノ。

 文楽 ある年の正月。これもすごかった。七草も過ぎたから(吉原へでも行こうかな……)と思って、
「兄さん、行かない?」
って誘ったら、
「あんちゃん、まだ行ってないの?」(笑)
「まだ、行ってないけど……」
「駄目だよ、そういうところへは、三が日の内にご挨拶に行かなくちゃ」(爆笑)
って言うから、思わず、
「好きだねえっ」
て言っちゃった。律儀だよね、三が日の間にちゃんと行ってるんだから。

また、楽屋ではあまり働かないで大きな鼾をかいてよく寝ていたというエピソードはどこかで言われていることかもしれないが、小勝が語る仲間への気遣い心配りなどは泣かせるエピソードです。
若手の噺家達が思い出を語っている章では、馬石の話がとても面白かった。たい平も語っているのだが、たい平のものはもう既にあちこちで語ったり、書いたりしているものがほとんど。それにあざとく感じる部分もなきにしもあらず。ただ、有名なたい平が書いたイラストで志ん朝の旅のお供をしたときのカバンを幾つもぶら下げたものがあるのだが、それを写真で観ることができたのは嬉しい。馬石も、よく志ん朝のお供で旅をしたそうだが、それよりも面白いのは二つ目勉強会でのエピソード。この会は、希望すればいつでも出ることができたそうで、馬石は、なんと、志ん朝の前で「船徳」「幾代餅」「居残り佐平次」を演ったそうだ。そして、「居残り佐平次」を演ったときには、“もう二度と演るな” と言われたとか。さすがに「文七元結」は演らなかったそうだが、しかし、まだ志ん朝が生きていたら演ったと思う、と語っている。さすが馬石、その心意気や良し。
大須演芸場席亭の足立秀夫さんの語る話も実に面白い。志ん朝三夜にまつわる思い出話は興味が尽きない。これは、もう手にとって全文をお読み下さいというより他にありません。
最後に、元マネージャーの前島達男さんが言っているように志ん生、志ん朝は落語界の永久欠番ですね。

ところで話は変わりますが、この本でも文楽が、ひな太郎が自分の弟子になった経緯をチラと語っているのだが、ひな太郎が志ん朝の所を一身上の都合で止めた理由の一つには、たい平も述べているように志ん上(ひな太郎)の下が入ってこなくてずーっと前座みたいな処遇を受けていたということもあるのだろうか。

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