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2007.05.23

師匠噺

浜美雪=河出書房新社
このところ河出書房新社から落語関連の書籍が数多く出版されているが、それらは大半が過去に出版されたものの焼き直しか寄せ集めだった。しかし、この本は比較的最近に書かれたもののようで鮮度は新しいようだ。ところで、浜美雪さん、女性かと思ったが男性ですよね。
私も以前から不思議に思っていたことだが、噺家さんは師匠からは稽古というものはほとんどしてもらっていない、ということをよく話すのだけれど、それがなぜだか判らなかった。この疑問が、この本を読んで幾らか納得できた。それは、小朝言うところの“師匠の芸よりも主義(イズム)や、物の見方を継承している”“だって、落語は誰にでも教えていただけ”るということなのだろう。
喬太郎は、比較的、さん喬から稽古をしてもらったそうだ。しかし、たとえば、「初天神」などは、“お前の「初天神」には雑踏が出てない”と何度もダメだと言われたらしい。また、“嫌いなものは何だ?”と聞かれ、“納豆がだめです”と答えるとおかみさんと三人で買い物に行き、“今日の昼飯はこれな”といって納豆を買って食べさせられたらしい。
市馬は、二つ目になるときに小さんが難色を示したにもかかわらず強く希望してさん好という名にしたのだが、この名は、どうも、このところ馬風がマクラでよくする、馬風が前座の頃小さんとお上さんに金を盗んだと疑われたが、あとで疑いが晴れたという、その真犯人の名前だったようだ。市馬はその経緯をあとで知って小さんに謝ったが、“いいんだ、お前がいい名前にしてくれりゃ、それでいいんだ”と言われ、ボロボロ涙を流したとか。
喜多八は、最近、小三治をかわいいと思う。一門で北海道へ行ったとき、小三治はよほど嬉しかったらしく飲めないワインをグッと一気に飲んでへべれけになって喜多八に抱きついたらしい。その時の写真は喜多八の宝物だという。
鯉昇小柳枝との関係も凄まじい。師匠が師匠なら弟子も弟子。たまに鯉昇の高座で、その一端は聞いたことがあるが、その破滅型の小柳枝の凄まじさは半端じゃない。それにどこまでも就いて行く鯉昇。その理由を“本の知識で、噺家はいつ飢え死にしても仕方のない仕事だって思い込んでいたから”と語る。
ところで、噺家さんは意外と酒を飲まない人が多いようだ。有名な所では、小三治、扇橋、文朝。そして、この本で圓丈、市馬もそうだと知った。
この本、一服の清涼剤として時に涙しながら楽しく読んだ。ただ、冗談だとは思うが“うつくしい日本”という言葉をたびたび書いていて、これらの師弟関係から現在の日本の親子関係、家族の有り様に言及しているのが、やや説教がましい気がする。そして、師弟関係でも、ここにある素晴らしいものだけではないだろうから、それらのいくつかをも載せてほしかった。たとえば、小さん=談志、権太楼=三太楼、今輔=歌丸など。また、著者も断ってはいるが、やはり、ないものねだりで枝雀=南光、馬生=雲助など良き思い出を語ってもらいたかった。
蛇足ながら、志の輔=談志の項は、『落語ファン倶楽部』に掲載されていたものとほとんど同じ内容だ。

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