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2007年5月の8件の記事

2007.05.30

落語研究会(第467回)※

◆会場=国立劇場(小劇場)
◆日時=2007年5月30日(水)18:30開演
  ◇三遊亭歌彦 「牛ほめ」
  ◇入船亭扇治 「花筏」
  ◇瀧川鯉昇 「茶の湯」
 仲入
  ◇柳家さん喬 「水屋の富」
  ◇柳家喜多八 「付き馬」

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2007.05.28

吉原手引草

松井今朝子=幻冬舎
この本、直接には落語には関係はないが郭噺を聴く場合には大変に有益な一書。浅草界隈を散策することによっておおよその土地勘が判るように、この本を読むことによって吉原の雰囲気を味わうことが出来る。言葉にもルビが適宜振られているので、その用語の読みも知ることが出来るし、その意味も知ることが出来る。
花魁と寝るために新調する夜具がおよそ五十両、それを敷く手間賃もまた払う。そして、年季が明ける前の根曳きは千両もの金がかかる(だから、皆、年季が明くのを待っているのですね)。また、花魁が見世から頂戴しているのは朝夕のおまんまと行灯の油だけで、部屋の調度から蝋燭代、そして火鉢の炭代に至るまで全て自分持ちだという。それから、田舎侍のことを浅葱裏あるいは新五左と呼ぶとか、そういう諸々のことを知ることができる。あるいは、幇間が言う“若旦那は神馬だ。尾も白えや”という言葉もどこかで使ってみたい。
勿論、物語としての面白さも格別。私が好きなのは女芸者大黒屋鶴次の弁。鶴次が語る、ルームメイトの亀代との仲は、人の淋しさ哀しさがそこはかとなく感じられます。
『仲蔵狂乱』以来久々に読んだ松井さんの本は、やはり面白かった。

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2007.05.23

師匠噺

浜美雪=河出書房新社
このところ河出書房新社から落語関連の書籍が数多く出版されているが、それらは大半が過去に出版されたものの焼き直しか寄せ集めだった。しかし、この本は比較的最近に書かれたもののようで鮮度は新しいようだ。ところで、浜美雪さん、女性かと思ったが男性ですよね。
私も以前から不思議に思っていたことだが、噺家さんは師匠からは稽古というものはほとんどしてもらっていない、ということをよく話すのだけれど、それがなぜだか判らなかった。この疑問が、この本を読んで幾らか納得できた。それは、小朝言うところの“師匠の芸よりも主義(イズム)や、物の見方を継承している”“だって、落語は誰にでも教えていただけ”るということなのだろう。
喬太郎は、比較的、さん喬から稽古をしてもらったそうだ。しかし、たとえば、「初天神」などは、“お前の「初天神」には雑踏が出てない”と何度もダメだと言われたらしい。また、“嫌いなものは何だ?”と聞かれ、“納豆がだめです”と答えるとおかみさんと三人で買い物に行き、“今日の昼飯はこれな”といって納豆を買って食べさせられたらしい。
市馬は、二つ目になるときに小さんが難色を示したにもかかわらず強く希望してさん好という名にしたのだが、この名は、どうも、このところ馬風がマクラでよくする、馬風が前座の頃小さんとお上さんに金を盗んだと疑われたが、あとで疑いが晴れたという、その真犯人の名前だったようだ。市馬はその経緯をあとで知って小さんに謝ったが、“いいんだ、お前がいい名前にしてくれりゃ、それでいいんだ”と言われ、ボロボロ涙を流したとか。
喜多八は、最近、小三治をかわいいと思う。一門で北海道へ行ったとき、小三治はよほど嬉しかったらしく飲めないワインをグッと一気に飲んでへべれけになって喜多八に抱きついたらしい。その時の写真は喜多八の宝物だという。
鯉昇小柳枝との関係も凄まじい。師匠が師匠なら弟子も弟子。たまに鯉昇の高座で、その一端は聞いたことがあるが、その破滅型の小柳枝の凄まじさは半端じゃない。それにどこまでも就いて行く鯉昇。その理由を“本の知識で、噺家はいつ飢え死にしても仕方のない仕事だって思い込んでいたから”と語る。
ところで、噺家さんは意外と酒を飲まない人が多いようだ。有名な所では、小三治、扇橋、文朝。そして、この本で圓丈、市馬もそうだと知った。
この本、一服の清涼剤として時に涙しながら楽しく読んだ。ただ、冗談だとは思うが“うつくしい日本”という言葉をたびたび書いていて、これらの師弟関係から現在の日本の親子関係、家族の有り様に言及しているのが、やや説教がましい気がする。そして、師弟関係でも、ここにある素晴らしいものだけではないだろうから、それらのいくつかをも載せてほしかった。たとえば、小さん=談志、権太楼=三太楼、今輔=歌丸など。また、著者も断ってはいるが、やはり、ないものねだりで枝雀=南光、馬生=雲助など良き思い出を語ってもらいたかった。
蛇足ながら、志の輔=談志の項は、『落語ファン倶楽部』に掲載されていたものとほとんど同じ内容だ。

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2007.05.20

噺家の手ぬぐい

五明楼玉の輔=日東書院
これは、好企画の一書。五明楼玉の輔を見直しました。自身の手拭も自らデザインしているのですが、なかなかのセンス。また、300点の手拭に添えている玉の輔のコメントもとても面白く、手拭とそのコメントによって各噺家の有り様の一端が窺がわれる気がします。各々の手拭もきれいに撮れていて、噺家手拭事典としても重宝。
先代の馬生が弟子たちの昇進時に描いた絵の数々が実に素晴らしい。絶筆と思われる駒三の馬、“鷲ですか?”と訊いて“馬鹿野郎、鷹に決まってるだろう”と言われた今松の鷹、雲助の富士を背景にした街道を行く馬と馬子、等々。
噺家の奥様の中には、書家とか陶芸家とか才能を持った方が多いのですね。志ん五の奥様も書家だそうで、志ん公の手拭の文字を書かれているそうですが、黒門亭の額の今川焼という文字、あれも奥様の手になるとか。
川柳川柳の手拭は噺家でも滅多に見られないそうで、つくしは、その日記の中で“もともと作っていないんじゃないか”と言ったような言わなかったような。幻の手拭、青地に大きくかわやなぎせんりゅうと白く抜いた文字。
さん喬は、使いやすいと評判がいい手拭を自身の高座では使っていないそうです。いつも、先代小さんのものを使っているそうです。何か力を与えてくれる気がするからとか。
小三治の手拭は奥様のデザインだそうで、美大出身だそうです。
私が欲しいなと思ったのは、馬石の手拭。山路紋を浅葱色で描いた隅田川を想わせる爽やかなデザイン。
春風亭小朝へのインタビューを読むと、噺家が手拭一つにもどれだけ心を砕いているかが判ります。噺に応じてどんな柄の手拭を選ぶか、女性客の心を掴むためにはどれがいいかとか。小朝は、男性客は眼中にないそうです。
一枚の手拭が出来るまでには幾つもの大変な工程があることを知りました。もう、安易に手拭を頂戴とは言えなくなりました。
あとがきで、この本の正しい使い方として玉の輔は二冊買うことを薦めているのですが、一冊は噺家のサイン用に、一冊は保存用にと。いいアイデアだとは思うのですが、お金に余裕のある方はどうぞ。

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2007.05.18

アイとラクゴ(第22回)

◎隅田川馬石真打昇進襲名披露
◆会場=日暮里サニーホール
◆日時=2007年5月18日(金)19:00開演
  ◇古今亭志ん公 「つる」
  ◇桃月庵白酒 「氏子中」
  ◇五街道雲助 「新版三十石」
 仲入
  ◇口上=志ん公(司会)、駿菊、馬石、雲助、白酒
  ◇古今亭駿菊 「近江八景」
  ◇隅田川馬石 「中村仲蔵」[~21:12]

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2007.05.13

インターネット落語会(第35回)

落語協会=2007.05.11配信(新宿末広亭2007.04.09収録)
 2007年5月中席(11日~20日) 新真打披露興行=隅田川馬石
  ◇金原亭伯楽「猫の皿」
  ◇五街道雲助「新版三十石」
  ◇隅田川馬石「子別れ」
伯楽の「猫の皿」は、最近御馴染みの演目だが、そのマクラが楽しめた。自身が触れた志ん生や文楽の思い出を語って、味わいのあるものだった。さすがにこの日は自著の宣伝はなかったようだ。
雲助の噺は初めて聴いた。可笑しくって大いに笑いました。以前に志ん輔で聴いた「夕立勘五郎」になんとなく雰囲気が似てるなと思ったら、ルーツは同じらしい。因みにポニーキャニオンからリリースされる志ん輔のCDにこの「夕立勘五郎」が収録される予定だとか。慶賀すべきことです。このネタ、音源がほとんどないですからね(『談志百席』のみか?)。
馬石のこの度の真打披露興行での演目を調べてみると長い噺ばかりをやっているようだ。池袋では一時間にもなんなんとする「文七元結」を演ったそうだが、その心意気や良し、というところだ。大初日では、羽織を脱ぐのを忘れたと言っていたが、そういえば着たっきりの熱演でした。そして、今日は脱がなくても良い噺だと「子別れ」のマクラで言っていたが、噺によってそういうキマリごとがあるのだろうか?『サライ』で雲助が身分等によって着る着物の種類も違ってくると解説していたが、そのようなキマリごとがあるのだろうか?
この「子別れ」も結構でしたが、今度は「芝浜」を聴いてみたい。

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2007.05.09

喬太郎落語秘宝館別館

柳家喬太郎=ワザオギ 「冬のそなた」「国民ヤミ年金」「巣鴨の中心で、愛をさけぶ」
“賞味期限のある新作落語を集め”たのがこのCDで、別館という名前もその意味でつけたらしい。今輔も言っていたが、新作落語は特に時事ネタとなるといわゆる捨てネタとなるのが宿命らしい。だから、そういうものも記録として残しておきたいとも言っていた。その今輔の意思が、こういう形で残るということは喜ばしいことだ。
収められているこれらの作品は、あるいは出番30分前の楽屋で、あるいは会の直前に喫茶店でというように作られた。その才能に感嘆してしまう。啄木なども一日に何首も溢れんばかりに短歌ができたそうだが、思考回路がもうそういうふうになっているんだろう。
解説で大友さんが五代目柳家つばめの著を引用しながら言っているが、まさに演者と観客が刹那のコミュニケーションを楽しむという落語の本質は“キワモノ落語”でこそ堪能できるのかもしれない。
喬太郎の高座はマクラも面白いのだが、このCDでは、さん角(現・さん弥)が話題にのぼり、もし天才バカボンが実写で映画化されたらさん角はレレレのおじさん役として最高なのではというようなことを語っていたが、言われてみると成程と納得してしまう。また、この日の下座の恩田さんは喬太郎の大学の後輩だそうで、ある打ち上げで飲み屋を出た所で、路上で着物姿で“日大節ーッ”と大声を発したそうだ。素晴らしい!

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2007.05.01

聞書き五代目古今亭今輔

山口正二=青蛙房
三代目小さんの弟子でもあったというから、小さんって、そう古い人でもないんだなと一瞬思ったりもしたが、そうではなくて、やはり今輔が古い人なんだろう。しかし、その今輔の話によってこれまで遠い伝説の人だった三代目小さんをぼんやりとではあるが認識することが出来た。漱石の言葉を介してのみ知っていた小さんについてこれほど多くの言葉で語られている本を私は初めて読んだ。
先代の正蔵と同様の頑固者ということに興味を持って読んだが、今輔は個人主義者だと思う。権威的なものに反発し、自分がやりたいことをやる。当時の圓楽である正蔵と革新派を作ったり、立って落語を演ったり、芸協の会長になってからは真打のワリの倍給廃止や前座の登録制を実施したり。
今輔は、批評家というものを全く相手にしない。古い田圃に出来た稲の良し悪しを語るばかりで新しい土地を開墾することの大変さがわかっていないからだ。また、批評家というものは、貶すにしろ褒めるにしろ評価の定まったものしか批評しようとしない、全くの新しいものを批評する勇気がない。こんな批評家には何を言っても無駄だという。寄席の客に受けるかどうかが一番大事なことだという。新作落語(この用語に関しても今輔は勿論否定的だ)の大変さが、このところ私も少しずつだが判りかけてきた。今聴くと古臭く思える今輔の落語も当時はとても良く受けていたのだろう。また、逆に言えば、今人気のある喬太郎や昇太の落語も少し時間が経てば古臭く思われるのだろうか。ほとんどが掛け捨てになるのが新作落語の宿命らしい。
今輔は、駆け出し上戸だったらしい。酒を飲むといきなり駆け出すそうだ。なんて愉快な所もあるんだと思ったが、著者によると、これは幼少の頃の体験から来る寂しさからの衝動だったらしい。頑固者であることは寂しくあることと表裏一体かもしれない。正蔵ともあることが原因で喧嘩別れをして以来死ぬまで窮屈な間柄だったらしい。
私の散漫な読み方が原因かもしれないが、この本、今輔の話のところと他の人々の証言の部分が混同して、いま読んでいる所が誰が言っているのか判らなくなってしまうところがある。

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