« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月の11件の記事

2007.04.26

落語研究会(第466回)※

◆会場=国立劇場(小劇場)
◆日時=2007年4月26日(木)18:30開演
  ◇古今亭菊可 「壺算」
  ◇桃月庵白酒 「徳ちゃん」
  ◇入船亭扇遊 「干物箱」
 仲入
  ◇春風亭昇太 「お見立て」
  ◇柳家権太楼 「大工調べ」

| | コメント (0)

2007.04.25

おとしばなし「吉朝庵」その二

桂吉朝=東芝 「たちきり」「つる」
中野翠さんの『よろしく青空』を読む。このシリーズと小林信彦さんの中日新聞のコラムをまとめた本(この本の最新刊はまだ出ないのだろうか?)によって志ん朝の大須演芸場での独演会の模様を窺うことが楽しみであったが、今はそれも叶わない。
『よろしく青空』で、吉朝のことが書かれていた。読者からビデオで撮った「不動坊」「蛸芝居」「河豚鍋」、そして「たちきり」「七段目」のCDが送られてきて、その死を哀惜されていたとのこと。中野さんはそれまで吉朝の噺を聴いたことがなく大変に恐縮されていた。ビデオのほうは、恐らくBS-iで放映された落語研究会での高座だと思う。それは私も録画していたので、再度観る。「蛸芝居」、たしかにその蛸の表情、仕種など面白くはあるのだが、それが過剰に思えて(これは吉朝がということではなく噺自体に)いまひとつ馴染めない。あの鳴物というものにもしっくり来ないものがある(これも当方の馴れの問題だろう)。
しかし、「たちきり」は、以前にも一度聴いて涙したのだが、今回改めて聴いても小糸の哀れさが切々と伝わってきてやはり涙した。若旦那を待ち焦がれる小糸に、活動に行こうと学生さんと約束していながら、それを許されなかった吉永小百合演じる踊子を思い出した。吉朝演じる「たちきり」は、ほかの噺家のものとは肌合いが全然違う。
「つる」は、師米朝が好きな噺だそうで、また、大師匠の米團治も愛していた噺だそうだ。米朝に「つる」を演るというと、“「つる」を馬鹿にしたらいかん。「つる」を笑うものは「つる」に泣く”と言われたとか。また、「つる」には落語のエッセンスが入っているとも言われたそうだ。私も「つる」は好きな噺(文朝のものが好き)だが、はなから鶴の名の由来を聞きに行く型と話の中で何でも知っていると言うから、それじゃ、鶴はなんで、つるというんですかと聞く型と二つあるようだが、この辺はどうなんだろう?
そういえば、吉朝も出囃子は、文朝と同じ外記猿なんですね。

| | コメント (0)

2007.04.22

噺家のブログ

落語協会の真打披露興行も終盤に差し掛かっている。私は、新真打がこの披露興行でどんなネタを掛けたか知りたいと思い、ネット上で調べているのだが、浅草、池袋はともに昼の部の興行なので、一般の方はなかなか足を運ぶ時間もないからか、ネットを賑わしているのは主に二つ目の噺家さんのブログばかりだ。そして、その内容はというと、打ち上げで何を食べたとか、何時まで呑んだとか、そして、舞台裏の写真とかいうものだ。たしかに、前座時代に世話になった先輩、苦労を共にした仲間が真打になったのを共に喜び、祝うのは当然のことだとは思う。しかし、この真打披露興行が始まる前に催された真打披露パーティーで、さん喬師匠が、最近は披露興行というものがお客さんへ向けて行なわれているのではなくて、仲間内の打ち上げのために行なわれている風がある、というような趣旨の苦言を呈されていたが、その言葉とは逆にますます仲間内のための披露興行となってはいないだろうか。私たちファンも、できれば自身のブログに口上の舞台の写真を記念に載せたいと思っているのだが、それは禁止されていて、噺家さんのブログには仲間内の写真が多く載っている。今後、寄席、協会はせめて口上の舞台の写真を撮ることを許可するようにサービスしてもらうことはできないものだろうか。ほんの一時の時間でいいのだから。

| | コメント (0)

2007.04.18

桂文朝2

桂文朝=ソニー 「居酒屋」「山崎屋」
昨年のこの日も文朝を偲んで、もっと文朝のCDがリリースされればと書いたのだが、その後、ソニーから2枚のCDが出た。これは、そのうちの一枚。
『山崎屋』のマクラでは、あの“月日の経つのは早いものですな。こないだマッカーサーが来たと思ったら、もう八月です。いや、油断も隙もありません”の名文句。この名文句が収録されたことは本当に喜ばしいことです。やはり、文朝のとぼけた味わいは誰にも真似が出来るものではないと、改めて思います。本編の方も、旦那、若旦那、番頭、それぞれの人物造形もしっかりとされていて楽しめる一枚。解説の保田氏によると、文朝は師小南よりも三代目金馬に多くを学び、また圓生の芸風を取り入れたそうだが、なるほど、「居酒屋」を含むこの一枚を聴くと得心の行く話だ。去年、私も言ったことなのだが、保田氏も言及されている東京落語会で予定されていた」百川」を聴けなかったことは、返す返すも残念なことではある。
落語協会のメルマガ2005年一月下席号で、編集者の小袁治が浅草演芸ホールでトリをとる文朝にインタビューをしていると小三治が横から口を出し“文朝さんの梅若礼三郎は良いぞ絶対に良い!”といっているのだが、この噺も是非に聴いてみたかった!また、扇辰が語ってくれたエピソード。ある年の正月の寄席で、文朝は、“ベルリンの壁が壊されたってね”“へぇー”とだけいって高座を降り、満場の客を沸かせたそうだ。その場にいたかった!
保田氏が文朝のCDが一枚きりで終わるのは寂しいと京須氏に話すと取り置きの二席があるとのことで、このCDが出来たそうだが、朝日名人会の第50回で配布された記念のパンフレットにその全50回の演目が記されているが、それを読むと、あと一つ、第35回に「品川心中」を演っている。これは、CD化されないのだろうか?期待したいものである。
しかし、ケース裏の高座写真、まさに文朝である。

| | コメント (0)

2007.04.16

ちんたら真打日記

柳家喬太郎=i feel 読書風景
喬太郎の演題が判らなくて、あれこれ調べていると<i feel>というサイトを見つけた。紀伊国屋書店のPR誌のWEB版のようだが、残念ながら既に廃刊になって、WEB上でそのバックナンバーがNo.30(2004秋号)からNo.36(2006春号)まで残っている。その中に、喬太郎のエッセイ「ちんたら真打日記」がその第10回から第16回までの文が残っているわけだが、ウーン、第1回目からのものも読んでみたかった。残っているものを読むと、ちょうどワザオギレーベルに『喬太郎秘宝館』のシリーズを制作している頃で、このシリーズは新作のみを収録していくという方針になった、そのへんのちょっとした経緯みたいなものも読める。また、青春を題材とした自作の新作落語を違和感なくやれるギリギリの高座姿である現在の自分を絵として残して置きたいということで、落語王という所に頼んで高画質のもので収録したそうだが、それは、商品となっているのだろうか。それらしきものは検索できないのだが。
しかし、新作落語を自分で作っていくというのは、やはり、大変みたいですね。その賞味期限というものがどうしてもあるようで、次から次へと新しいものを創っていかないといけないという苦労は、並大抵なものではないのでしょう。それを考えると、圓丈、昇太、喬太郎らの営為には頭が下がります。

| | コメント (0)

2007.04.12

BSふれあいステージ

NHKBS2=2007.04.10放映(2007.03.19収録)
この番組、今年度からはシブヤらいぶ館というタイトルがBSふれあいステージに変更になったのですかね。しかし、中身は変わりはないようで、相変わらず六人衆も続いているみたい。
今回は、師弟競演ということで、米丸と米福。噺家さんが噺家になろうと決めて師匠を選ぶ場合、どのような基準で決めているのだろう?まあ、大概は自分の好きな師匠の所にいくのだろうけれども、一概にそうとも言えないようなところがあるのかもしれない。あの小三治だって、ソックリに真似できるほどに傾倒していたという圓生の所へはいかずに小さんのところへ弟子入りしている。小みちのように、小三治に断られて燕路に弟子入りしている場合もある。また、その師匠に、もう弟子がいるかどうかで決める場合もあるようだ。米福の場合、寄席で一番客に受けていたのが米丸だったので、弟子入りを決めたと言っている。しかし、新作の米丸の所に行って、古典をやりたいと言うのはどういうことなのだろう。ひとつは、米丸がその師匠の今輔に弟子入りしてからの成り行きをやはり幾らかは知っていて、あるいはそういう米丸だから、理不尽なこともしないだろうとの思惑も米福にあったのではなかろうか?
しかし、そういうことはさておいて、私は米福好きですね。このひとにもフラがあって、噺に雰囲気があります。テンポもよく、元気もあり、聴いていて楽しい噺家さんです。
米丸は、これまでテレビで何度か聴いていてなんだか古臭く、もう一つ楽しめなかったのですが、今回の高座は楽しめました。マクラが現在のことを話しているので、本当の新しい新作かなと思ったほどです。本題に入っても全然古さを感じませんでしたが、30年前から演っている噺だとか。ジョーズのテーマ音楽もなかなか効いていました。ところで、米丸、高座への上り下りでよろけていた様子でしたが、大病の後でもあり気をつけてください。
 演目=米丸「ジョーズ」、米福「鰻屋」

| | コメント (0)

2007.04.09

五代目古今亭今輔落語集(二)

古今亭今輔=コロムビア 「旅行日記」「囃子長屋」「印鑑証明」「もうせん芝居」
ぼんやりと「旅行日記」を聴いていると、なんだかどこかで聴いたような噺だなと思ったら、お台場寄席で、喜多八の高座が配信されていたのだった。喜多八のものは、以前に泊まったときに旨い旨いといって食べたのは病んだ鶏やコレラに罹った豚の肉だったと知り、なんだか具合が悪くなってきたと言うと、相棒が今度はお前が料理されるぞと言うもの。今輔のものは、その鶏や豚の肉の経緯を知らされた相棒が“早く帰ろう、今、下を覗いたらここの婆さんが患って寝ていた”というもの。今輔のを聴いていると、相棒を“君”というのが、いかにも一昔前のいわゆる新作落語らしい雰囲気だ。喜多八は、さすがに古臭さを感じさせない。
「囃子長屋」など、あまりにもくだらなくて、そこがまたいいのかもしれない。しかし、お囃子の言い立てはかなり長く続くので、トータルすると噺そのものより、お囃子の部分の方が長いかもしれない。
解説を読むと、圓楽といっていた先代正蔵落語革新派を起こしたということだが、正蔵と同様の気骨ぶりが伺われ、一度、その人となりみたいなものが書かれた本をよんでみたいものだ。

| | コメント (0)

2007.04.07

さん喬を聴く会(VOL.95)

◆会場=深川江戸資料館(小劇場)
◆日時=2007年4月7日(土)18:00開演
  ◇口上=喬之助、さん喬
  ◇柳家さん若 「つる」
  ◇柳家喬之助 「錦の袈裟」
  ◇柳家さん喬 「寝床」
 仲入
  ◇柳家さん喬 「ちきり伊勢屋」[19:52~21:01]

続きを読む "さん喬を聴く会(VOL.95)"

| | コメント (0)

2007.04.05

柳家さん喬名演集(1)

柳家さん喬=ポニーキャニオン 「棒鱈」「井戸の茶碗」
このCDと同じ演目で、すでにキングレコードから出ている。キングのほうは2000年の収録。こちらは、2006年の収録。
「井戸の茶碗」は、朝日名人会で初めて聴いて不覚にも涙がとまらなかった。それで、キングのCDを買い求めたのだった。今回の新しいCD、旧盤との大きな差異はないのだが、細かな点で気付いたのは、娘の年齢が、旧盤は16、7歳で新盤が17、8歳。そして、高木が清兵衛に“金が金で買えるか”と言った後に新盤では“そのような時代が来てはならん”と言っている。これは、やはり昨今のマネーゲームの風潮を意識して言っているのだろうか。そして、もう一つは、大した事ではないのだけれど、清兵衛の“クズーイオハライ”という声が新盤の方が朗々と長~く発声されている。違いと言えばこのくらいで、新旧どちらの盤を買ってもいいようなものである。以前、引用した『きく知る落語』でのさん喬のインタビューがこの解説でも引用されている。さん喬にとっては、やはり入魂の演目であるのだろう。ちなみに、解説によるとさん喬はこの噺を先代柳朝に教わったそうである。しかし、そうとは思えないほど全くの自分の型に仕上げているそうだ。
「棒鱈」は新宿末広亭で初めて聴いてその面白さに圧倒された。こんな面白い落語があるのかと思ったものだ。勿論、演題など知るはずもなく、仲入に末広亭の人に教えてもらった。これも新旧違いはない。違いと言えば会場の雰囲気か。旧盤の方は観客がよく笑っている。新盤の方は客席からの“マッテマシタ!タップリ!”という掛け声が楽しい。マクラもほとんど同じ。女性の酒の適量はビール一本、しかし、それも一分ほどで呑んじゃあ仕様がない。キッチンドリンカー。等々。

| | コメント (0)

2007.04.03

新宿末広亭四月上席

◎真打昇進披露興行
◆会場=新宿末広亭
◆日時=2007年4月3日(火)14:30頃入場
  ◇川柳川柳 「ガーコン」
 仲入
  ◇橘家富蔵 「長短」
  ◇大瀬ゆめじ・うたじ 漫才
  ◇柳家小さん 「替り目」
  ◇三遊亭金馬 「四人癖」
  ◇翁家和楽社中 太神楽
  ◇橘家圓蔵 「寝床」
 ――――――――――――――――
  △春風亭一左 「寿限無」
  ◇桂才紫 「熊の皮」
  ◇マギー隆司 奇術
  ◇柳家喬太郎 「夫婦に乾杯」
  ◇五街道雲助 「浮世床」(将棋)
  ◇柳家紫文 粋曲
  ◇古今亭圓菊 「厩火事」
  ◇春風亭勢朝 漫談
  ◇昭和のいる・こいる 漫才
  ◇柳家さん喬 「そば清」
  ◇鈴々舎馬風 漫談
 仲入
  ◇口上=さん喬、小朝、柳朝、一朝、馬風
  ◇鏡味仙三郎社中 太神楽
  ◇春風亭小朝 漫談
  ◇春風亭一朝 「芝居の喧嘩」
  ◇林家正楽 紙切(相合傘、弁慶、寅さん、入学式、朱鷺)
  ◇春風亭柳朝 「悋気の独楽」[20:31~20:54]

続きを読む "新宿末広亭四月上席"

| | コメント (2)

2007.04.01

志ん生讃江

矢野誠一・編=河出書房新社
少し前に、これも同じ河出書房新社から、週刊誌などに載った志ん生の対談、インタビューなどを集めた『志ん生芸談』という本が出たが、正直、あまり戴けない物だった。この本も寄せ集めの感があり期待はしなかったのだが、幾つかは、いろいろなところで語られるエピソードのオリジナルに接することができた。例えば、金原亭馬生の<父・志ん生の人と芸>(『落語界』)。また、色川武大さんの『寄席放浪記』からの文章<志ん生と安全地帯>も載っているのだが、この文章などは何度読んでも微笑ましくもあり哀しくもある。そして、先日読んだ、『志ん生一代』の朝日文庫版の山田洋次さんの解説も載っている。これを読むと、山田さん、柴又の人に“寅さんのモデルは兵隊寅ですか”と聞かれた事があるそうだが、この本を読んで志ん生の無二の親友である兵隊寅の事を知ったという。しかし、平岡正明氏の文章はどうも馴染めない。書いてある事は面白そうなのだが、話が次から次へと飛んで訳が判らなくなってしまう。“俺”という一人称も馴染めないし。『大落語』も途中で諦めた。
面白い話を二つ。

鴨下 志ん生さんも生意気と言えば生意気なんですよ、あの芸は。だって、お辞儀しないんだもの。志ん生さんは、手をついてグラッとするだけ(笑)。一応手はつく。でも前につかないで横についてグラッとするだけ(笑)。

馬の助 落語研究会で『三軒長屋』のリレー落語をやって、師匠(おやじ)が上をやって、圓生師匠が下をやったンだけど、師匠(おやじ)がやってるのを圓生師匠が袖で聴いてるンだよ。だから「うちの師匠はまだおりませんよ」といったら「おたくの師匠は何をいうか判らないから」だって(笑)。地名やなんか違うと噺がつながらなくなるンだよ。で、そのあとで、圓生師匠が「ただいま志ん生さんが、こういうことをいいましたが、引っ越しを致しまして」って、しようがねえから引っ越しさせちゃった(笑)。

こういうことを言うと、モーツァルティアンに叱られるかもしれないが、この本もある意味では、“モーツァルトへの愛の告白書”『モーツァルト頌』と同じような本かもしれない。

| | コメント (0)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »