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2006.04.29

金馬のいななき

三遊亭金馬=朝日新聞社
CD、書籍などの利用に図書館を重宝している。しかし、困ることは、予約してあるものが一時に届く場合だ。少数ずつ予約してあっても届くときにはドンと届く。まあ、それは新刊の場合であるから、贅沢な悩みと言えばそうも言えるのだが。落語関係の書物は、それほど読むのに時間もかからないので、ともかく、期限内に返却すべく読書に励んでいる。
この本、資料も豊富で、落語会のプログラムや昔の写真なども多数収められている。その昔の写真で当代の金馬の若かりし頃の写真を見ると、目がギラギラしているというのが第一印象。今とは大違い。高座で必ず、舞台の袖から高座までの中途で一礼をする今の温和な表情からは思いもよらないような、“欲”に燃えた目。それは、今も弟子にも言う、芸人は売れなくてはダメだ、そして売れるためには何をやってもいいんだ、という信念から来るものだろう。またそれは師匠、三代金馬の教えでもあるのだが。
この本の白眉は、売れる小金馬が、芸人からも噺家からもいびられ、悩んだ挙句、師匠金馬のところへ相談に行く場面。そこでもやはり師匠金馬は言う“とにかく何でも売れなきゃダメだな。芸人は売れなきゃ何の値打ちもないんだよ。”そう言って、悩む小金馬に暗黙の励ましを送る師匠に涙ながらに頭を垂れる小金馬。
そして、この本、志ん朝との、馬生との、エピソードも多数。
また、<第二部 金馬のネタ帖>の項を読むと、どんなに噺を覚えても、その噺家の顔の造作と言うか、そのようなものまでもが影響して、その覚えた噺もやりにくいということもあるということを知る。そして、その噺のもつ旬。例えば「七草」、この噺、寄席で何度か聴いたことがあるが、これからは、一期のものとして聴かねば、との思い、強くした次第。
余談ながら、この項の最後に“初席と言えば、以前は桂文朝さんがよく「かつぎや」を掛けていたのですが、彼も逝ってしまいましたので、先日は、私が掛けました。”という箇所は、胸に迫るものがありました。

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